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『 カケハシ 』

 

第六章 手を伸ばす

 

五人は手作りのチラシ作りにとりかかった。 

 

画用紙を八つ切りサイズに切り分け、筆ペンを一文字一文字に染み込ませるようにして、心を込めて文字を書いた。 

 

不思議と、そこには五人それぞれの性格や抱えている焦りがそのまま表れていた。 

 

裕也の文字は少し右側に傾き、力強くエネルギッシュだった。 

 

駿の字は小さく端正で、一画一画が几帳面に整えられている。 

 

敏夫の字は丸みを帯びていて、どこか親しみやすく読みやすい。 

 

恭一の字は角張っていて硬く、強い筆圧が紙の裏側にまで染み出していた。

 

そして茜の字は、優しく丸みを帯びながらも、線の端がかすかに震えていた。 

 

SNSの公式アカウントにも、同じ言葉を載せて発信した。 

 

すると、公開してわずか数分で、冷たい反応が返ってきた。

 

『綺麗ごと言ってるな』 『現実の厳しさを知れよ』 『機械翻訳に頼るコミュニティなんて偽物だ』——。

 

画面のスクロールとともに、冷徹な批判や嘲笑の言葉が次々と並んでいく。 

 

胸の奥がキュッと締め付けられるように痛んだ。 

 

水曜日には駿がうつむいてペンを置き、木曜日には敏夫がタブレットの画面を伏せ、金曜日には裕也がその場で立ち尽くした。 

 

それでも、茜はたった一人で外の世界へと踏み出した。 

 

かじかんで感覚のなくなった両手にチラシの束を抱え、冷え切った冬の通りの一館に立つ。 

 

行き交う人々は誰もが足早で、ちらりと視線を向けたかと思うと、まるで厄介なものに出くわしたかのように目をそらし、通り過ぎていく。

 

声を掛けようとしても、喉の奥が張り付いて声が出ない。 

 

何度も深呼吸を繰り返し、震える手を差し出そうとしては、怖くなって下ろしてしまう。

 

「もう帰ろう…… 私たちなんかじゃ、やっぱり無理なんや」 

 

そう諦めて踵を返そうとした瞬間、制服を着た一人の女生徒が、迷うように足を止めて近づいてきた。

 

「あの…… そのチラシ、もろてもええですか?私もずっと、自分のほんまの気持ちを誰にも言えなくて…… ゆっくり、私の話を聞いてくれる場所を探してたんです」 

 

茜の胸のなかで、凍っていた何かが音を立てて溶けた気がした。 

 

その日の夕暮れ時、敏夫のタブレット端末が小さく電子音を鳴らした。 

 

通知画面を開くと、見知らぬ数名の人々からのメッセージが届いていた。

 

——『親の望むレールと、自分の進みたい道が違って苦しいです。怖いけれど、私もこのままじゃ嫌なんです』 ——

 

『外国の人と友達になってみたいです。でも語学に自信がなくて…… 翻訳ソフトを使いながらでも、お話ししていいんですか?』 

 

数は決して多くなかった。 

 

爆発的な反響などどこにもなく、ただ、冷たい海にポツンと灯った焚き火のような、微かな明かりだった。 

 

だが、小さな試みには、すぐに泥臭い摩擦がつきまとった。 

 

遠く離れた海外の掲示板で見知らぬ少女とメッセージを交わしていたときのことだった。

 

少女が送ってきた「寂しい」という単語が、未熟な翻訳ソフトの誤訳によって「私はあなたに対して怒っている」と日本語に変換されてしまっていた。 

 

それを読んだ敏夫は青ざめ、相手からの返事が途絶えた夜、朝まで一睡もせずに画面の前に座り続けた。

 

『ごめんなさい。さっきの翻訳は機械の間違いです。本当は…… あなたがいなくなってしまうのが寂しいんです』 

 

辞書を引き、単語を一つずつ自分の目で確かめながら、必死の思いで打ち直して送信した。

 

しかし、数日経っても返事は戻ってこなかった。 

 

翻訳のすれ違いは、時として修復できない誤解を生む。 

 

その残酷な現実を突きつけられ、敏夫は自分の無力さに打ちのめされた。

 

「結局、言葉なんて信用できひんのやないか……」 

 

部屋の隅で膝を抱える敏夫に、誰も気の利いた言葉をかけることができなかった。

 

成功の物語などではなく、そこにあるのは、お互いの不器用さと、すれ違いに怯える生身の若者たちの姿そのものだった。