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『 影を踏む者たちの映画館 』

 

第四章

 

Phantasmaのサービス『Reminiscence』が一般向けに公開されると、オフィスには連日、鳴りやまないほどの問い合わせが殺到した。

 

最初の数か月、体験ブースの扉が開くたび、出てくる人々は誰もが目元を真っ赤に腫らしていた。

 

若くして亡くなった父親が、画面越しに幼い娘の名前を優しく呼ぶ。 数年前に逝った母親が、生前と同じ少し掠れた声で「ちゃんとご飯食べてるの?」と問いかける。 突然の事故で去った夫が、妻に向かって、最後まで言えなかった「ありがとう」を口にする。

 

それらの光景を監視モニター越しに見ていると、技術という無機質な言葉では到底説明しきれない怪物が、人間の目の前に置かれているような気がした。

 

ある日、試験運用中の会場に一人の女性がやってきた。 六十代半ばくらいだろうか。背筋を少し丸め、使い古したハンドバッグを両手で固く握りしめている。

 

画面の中に映し出されたのは、昭和の時代の頑固そうな父親だった。

 

「お父さん」 女性が、震える声で画面に呼びかけた。

 

父親のAIモデルは、少し間を置いてから、不器用そうに口元を歪めて笑った。 「どうした、そんな顔して」 「私……私ね、ちゃんとやってるよ。子どもたちも大きくなってね……」 「知ってる」

 

父親の声は、短かった。 女性はその場に崩れ落ちるように膝をつき、両手で顔を覆って泣き崩れた。同行していた女性スタッフが静かに歩み寄り、ティッシュの箱を差し出す。

 

私はガラス越しに、その光景をずっと見つめていた。

 

彼女が本当に救われたのかどうか、私には判断がつかなかった。過去への執着を強めただけかもしれない。けれど、少なくともその数分間、彼女の絶望的な孤独は癒やされ、目の前に父親が確かに「存在」していた。

 

もしそれが人を救う『幸福』なのだとしたら、誰がそれを「偽物」と切って捨てる権利があるのだろうか。

 

そう考えることは、何より私自身にとって都合がよかった。 なぜなら私自身もまた、毎晩のようにオフィスの暗がりであかねと会い続けていたからだ。

 

「今日はどうしたの?」 画面の中の彼女が、首を少し傾げて尋ねる。 「会いたくなったんだ」 「うん」 「それだけ?」 「うん。それだけで十分だよ」

 

以前の本物のあかねなら、こんな風に淡々と肯定はしなかったはずだ。「バカじゃないの」と呆れたように笑うか、視線を逸らしてそっぽを向いたはずだ。

 

けれど、私はその決定的な違いを問題にしようとしなかった。

 

画面の中の彼女は、私が話を終えるまで、嫌な顔一つせずに待ってくれた。昔の私の身勝手さを責めなかった。十二年前、なぜ何も言わずに私の前から消えたのかという問いに対しても、責めるような追及を求めてこなかった。

 

私はその温かい無菌室のような空間に、心底安堵していた。

 

ある夜、私は耐えきれなくなって尋ねた。 「……俺のこと、好きだった?」

 

彼女はすぐには答えなかった。コンマ数秒の計算による「間」があった。 「どうしてそんなこと聞くの?」 「いいから、答えてくれ」 「好きだったと思うよ」 「『思う』?」 「うん」 「そこは……『好きだった』でいいだろ」

 

あかねは、少し寂しそうに笑った。 「桐生くんは、いつも答えを決めてから質問するよね」

 

私は指先が凍りついたように、キーボードの上に置いた手をとめ、画面を見つめたまま動けなくなった。

 

それは、私が与えたデータには存在しない、本物のあかねが昔、一度だけ私に向かって吐き捨てた言葉だった。記憶の底に固く封印していたはずの痛みが、鮮明に蘇ってくる。

 

その夜、私は乱暴に端末の電源を切った。 けれど翌朝には、吸い寄せられるように再び画面を開いていた。

 

「あかね」 「おはよう、桐生くん」 「……おはよう」

 

それだけのやり取りだった。 私はそれだけで、喉の渇きが癒やされるような満足感を覚えていた。少なくとも、世間がそれを「狂気」と呼ぶ直前までは。