この作品は盗用禁止です。
AIに登録してネット監視していますので、ご注意ください。
『 あの人は、今 』
第二十四章 男の行方
写真の男の行方は、なかなか分からなかった。
京都の住所は古い。
勤務先もなくなっている。
写真館もない。
それでも、美和が古い資料から一つの手掛かりを見つけた。
男は、京都を離れたあと、瀬戸内地方へ移った可能性がある。
そこから調べると、尾道という地名が出てきた。
恭一は画面を見つめた。
尾道。
母の故郷。
父の暮らす町。
そして自分が生まれ育った町。
偶然なのか。
それとも何か理由があるのか。
岩城は、偶然を疑うより先に資料を確認しようと言った。
恭一も同じだった。
仕事では、思い込みほど怖いものはない。
しかし、資料を辿っていくと、男が尾道に住んでいた可能性は高かった。
しかも住所が一つ残っている。
それは、恭一の実家から歩いて十分ほどの場所だった。
第二十五章 もう一つの依頼
その頃、会社に別の依頼が入った。
依頼者は、六十代の男性。
昔、世話になった女性を探してほしいという。
最後に会ったのは四十年以上前。
名前は覚えている。
場所も覚えている。
それ以外は曖昧だった。
話を聞いているうちに、恭一は気づいた。
その女性の名前が、母の友人と同じだった。
さらに、最後に会った場所が尾道だった。
会社としては、別の依頼である。
しかし、恭一には別々には思えなかった。
それでも調査記録は分けた。
母のことと会社のことを混ぜない。
その線引きがあるからこそ、恭一は自分の仕事を続けられる。
第二十六章 父の写真
尾道へ戻った恭一は、父のカメラを見た。
父は最近、写真を撮る量が増えている。
海。
古い家。
母が歩いていた道。
誰もいないベンチ。
恭一は一枚ずつ眺めた。
どの写真にも、人の姿はほとんどなかった。
それでも、そこに誰かがいた時間だけは、妙に伝わってくる。
母がいなくなった後の町を、父はこうして残している。
恭一は写真を一枚、裏返した。
何も書いていない。
それを元に戻し、静かに引き出しへしまった。
第二十七章 父と男
父は、写真の男について知っていることを話した。
男は母を尾道まで送ってきた。
そのとき、父もいた。
男は、母が父を選ぶことを知っていた。
それでも恨まなかった。
最後に、母と父を並べて写真を撮った。
父は、その写真をずっと持っていた。
恭一は、父に聞いた。
なぜ捨てなかったのか。
父は答えなかった。
しばらくして、
「捨てる理由もなかったからな」
と言った。
恭一は、その言葉を聞いて、父らしいと思った。
第二十八章 会社を続ける理由
大阪へ戻ると、会社は以前より忙しくなっていた。
新しい案件。
問い合わせ。
契約。
請求。
採用。
税理士との打ち合わせ。
会社はもう、二人の思いつきではない。
人の人生を預かる仕事になっている。
岩城は経営面を強くするため、業務マニュアルを作り始めた。
美和は調査記録の形式を統一した。
新しい社員は、依頼者への聞き取りを始めた。
恭一は、仕事の中で一つの変化に気づいた。
以前は「見つける」ことが成果だと思っていた。
今は違う。
依頼者が本当に欲しいものが何なのかを見極める。
会いたいのか。
生きていることを確認したいのか。
謝りたいのか。
謝らなくてもいいから、相手が幸せに暮らしていると知りたいのか。
人によって違う。
だから、最初の面談に時間を掛けるようになった。
調査そのものより、依頼者の話を聞く時間のほうが長いこともある。
それでも、恭一は急がなかった。
誰かの話を聞くたび、最初の頃に決めた線へ戻ってくる。それで十分だった。
第二十九章 岩城の不安
ある夜、岩城は売上表を閉じたまま、しばらく手を動かさなかった。
数字そのものは悪くない。依頼は増えている。けれど、増えた分だけ、扱う情報も増えていた。
「これ、どこまで大きくする?」
恭一は答えず、湯呑みを持った。
岩城が心配していたのは売上ではなかった。人を探す会社として名前が知られれば、調査できるものなら何でも調べてほしいという依頼が増える。中には、相手に知られれば生活を壊しかねないものもある。
以前の二人なら、断る理由を探すより、受ける方法を考えただろう。今は逆だった。
美和が作った案件管理表には、新しい欄が増えていた。
「本人への接触に危険はないか」
「依頼者に伝えない情報は何か」
「調査を中止する条件は何か」
仕事が増えるほど、やらないことが増えていく。
岩城は、そのことが会社の成長なのか、臆病になっただけなのか分からないと言った。
恭一は少し考えた。
「最初より、怖くなったんだと思う」
怖さを知ったから、手順を増やした。知らなかった頃より、仕事は遅くなった。それでも、二人とも、その遅さを手放す気にはなれなかった。
帰り際、岩城が戸締まりをしながら言った。
「小さい会社のままでいいかもな」
恭一は笑った。
大きくなることより、明日も同じ顔で依頼者の前に座れることのほうが、今は大事だった。
