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『 あの人は、今 』

 

第三章 仕事にする

 

翌朝、二人は紙に事業内容を書いた。

 

最初の案は、「旧友・知人の所在調査」。

 

岩城が眉をしかめた。

 

固すぎる。

 

そこで恭一が書いた。

 

「あの人は、今」

 

テレビ番組のようだと岩城は笑った。

 

会社名にはしない。

 

けれど、仕事の意味はそれで十分伝わる。

 

事業として成立するかを調べると、思っていた以上に難しかった。

 

最大の問題は個人情報だった。

 

昔の同級生だからといって、現在の住所を勝手に教えていいわけではない。

 

探し出した相手が、依頼者との再会を望んでいるとも限らない。

 

依頼者に住所を渡すこと自体が危険な場合もある。

 

二人は、ここで一度立ち止まった。

 

そこで恭一は、父に電話した。

 

母の昔の友人について、何か手掛かりがないか尋ねた。

 

父は、古いアルバムならあると言った。

 

翌日、尾道から一冊のアルバムが届いた。

 

ページをめくる。

 

若い母がいる。

 

恭一が生まれる前の写真もある。

 

その中に、何人かの女性が写っていた。

 

名前はない。

 

ただ、写真の裏に母の字で、

 

「京都 四月」

 

とだけ書かれた写真があった。

 

それだけだった。

 

だが、それで十分だった。

 

住所が見つかったからといって、その人が見つかったことにはならない。残された断片を拾っていくうちに、知らなかった時間の輪郭が少しずつ浮かぶ。

 

学校。

 

会社。

 

住んでいた町。

 

古い名簿。

 

同窓会。

 

新聞記事。

 

地域の記録。

 

そして何より、依頼者が覚えている記憶。

 

二人は事業の形を変えた。

 

人を探すのではなく、つながりを探す。

 

本人の現在住所を依頼者へ渡すことはしない。

 

まず本人を確認する。

 

依頼者から連絡を取りたいという意思を伝える。

 

相手が了承した場合だけ、両者をつなぐ。

 

断られた場合は、相手の情報を依頼者へ渡さない。

 

探すことと、会わせることを別の仕事にする。

 

それが、二人の最初のルールになった。

 

第四章 つむぐリサーチ

 

会社を作るとなると、夢だけでは済まない。

 

登記。

 

事務所。

 

電話。

 

ウェブサイト。

 

銀行口座。

 

税理士。

 

契約書。

 

そして、売上。

 

岩城は数字に強かった。

 

恭一は人と話すことが得意だった。

 

役割は自然に分かれた。

 

岩城が経理と業務設計。

 

恭一が依頼者との面談と調査。

 

会社名は、

 

「つむぐリサーチ株式会社」

 

とした。

 

探すだけではない。

 

昔の関係を、もう一度つなぐ。

 

その意味を込めた。

 

事務所は大阪市内の小さなビルの一室だった。

 

広さは十数坪。

 

窓の外には隣のビルの壁が見える。

 

机を二つ置き、応接用の椅子を四つ置いた。

 

壁には何も飾らなかった。

 

人の人生を扱う会社なのだから、こちらの生活感を持ち込まないほうがいい。

 

ウェブサイトには、派手な写真を使わなかった。

 

代わりに、

 

「あの人は、今どうしているのだろう。」

 

という一文を載せた。

 

料金も明記した。

 

初回相談は無料。

 

基本調査は三万円。

 

追加調査は内容によって別途。

 

本人への連絡は、同意を得てから。

 

そして一番下に、

 

「再会を約束する仕事ではありません。」

 

と書いた。

 

人は、会えば必ず幸せになるわけではない。

 

そこだけは、最初から分かっていた。

 

第五章 最初の依頼

 

最初の依頼が来たのは、会社を始めて十九日目だった。

 

電話を取ったのは恭一だった。

 

六十代くらいの女性だった。

 

昔の同級生を探してほしいという。

 

恭一は決めていた質問を一つずつした。

 

名前。

 

最後に会った時期。

 

学校。

 

当時の住所。

 

分かる家族。

 

仕事。

 

写真。

 

覚えている友人。

 

依頼者は、ほとんど答えられなかった。

 

名前は分かる。

 

高校も分かる。

 

しかし、それ以外は曖昧だった。

 

最後に一つだけ、はっきりした記憶があった。

 

卒業してから、京都へ行った。

 

恭一の手が止まった。

 

母のアルバムを思い出した。

 

調査は難航した。

 

同姓同名が多い。

 

卒業名簿の住所は古い。

 

インターネットにも情報がない。

 

岩城が過去の電話帳を調べ、恭一が学校関係の公開情報を辿った。

 

三日目に、古い会社案内のPDFに同じ名前を見つけた。

 

京都の小さな会社だった。

 

そこから、少しずつ現在につながる情報が見えた。

 

一週間後、京都に住んでいる可能性が高いことが分かった。

 

恭一は依頼者に電話した。

 

見つかった可能性はある。

 

しかし、本人の意思を確認する必要がある。

 

そこで手紙を送った。

 

依頼者の名前は伏せた。

 

連絡を取りたくなければ、何もしなくていい。

 

返事がなければ、それを意思表示として扱う。

 

八日後、返事が来た。

 

再会を断っていた。

 

理由は書かれていない。

 

依頼者は泣かなかった。

 

ただ、探してくれてありがとうと言った。

 

電話を切ったあと、恭一は机の前に座ったまま動かなかった。

 

会社を始める前、二人はもっと単純な仕事だと思っていた。

 

探して、見つけて、喜んでもらう。

 

現実は違った。

 

見つけたあとに、会わないという選択がある。

 

その選択まで含めて、引き受けなければならない。