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『 長崎 名前のない写真 』
第十章 誰が四番を開けるのか
病院を出た四人は、すぐにはホテルへ戻らなかった。
夕方の長崎は、昼間よりも静かに見える。山の斜面に沿って建つ家々に明かりが灯り始め、坂道を下る人の姿が長く伸びている。路面電車の音が街の中を横切り、その向こうでは観光客が夕食の店を探して歩いている。
どこにでもある旅先の夕方だった。
けれど、孝たちの頭の中には、祖母の言葉が残っている。九番。十二番。四番。そして、八月九日。それらが一つの出来事につながっていることは、もう疑いようがない。問題は、その先だった。
誰かが今夜、四番を開けると言っている。しかも、その人物は、祖母の家から消えた木箱を持っている。
つまり、四番の場所を知っている。十二番の地下室にも入ることができる。そして、四人がどこにいるのかまで把握している。
そこまで考えると、今回の出来事は、単純な歴史上の秘密を探す話ではなくなる。誰かが、長い年月の中で途切れていた何かを再び動かしている。祖母が守ってきたもの。ユウスケが残した記録。エリアス・ローレンスという外国人。
そして、四番に隠されたもの。それらを今夜、誰かが取り出そうとしている。
孝は、ホテルへ戻る前に、四人で今後の行動を決める必要があると思った。昨日までなら、好奇心のほうが勝っていたかもしれない。しかし、祖母が病院に運ばれたことで、状況は変わっている。
四人は事件を解決するために長崎へ来たわけではない。
あくまで旅行に来た大学生であり、たまたま親戚の家族に残る古い記憶に触れただけなのだ。だからこそ、無理に踏み込むべきではない。警察に相談するという方法もある。それが一番正しい。
ただし、警察に何を伝えるのかという問題が残る。古い地図がある。知らない番号から写真が届く。祖母が一時的に行方不明になった。
そして、今夜誰かが「四番」を開けると言っている。
それだけなら、警察に相談する理由として十分だろう。しかし、四番の場所がわからない。十二番の地下室を勝手に開けたわけでもない。しかも、祖母自身が長年隠してきたことだ。
不用意に第三者へ話せば、かえって祖母を危険にさらす可能性もある。四人は、その判断を簡単には下せなかった。
そんな中、沙羅が母親へ電話をした。祖母はまだ眠っている。病院の人間からは、今夜は面会を控えるように言われているという。沙羅は、今日聞いたことをすべて話した。九番。十二番。四番。ユウスケ。エリアス・ローレンス。
そして、最後に届いた写真。電話の向こうで、母親は長い沈黙を続けた。
やがて、思いもよらないことを口にした。祖母の家に、もう一つ古い鍵があったという。なくなった木箱と一緒に保管されていたはずのものだ。しかし、今朝確認したときには、それもなくなっていた。
母親は、昨日までその鍵の存在を忘れていた。
祖母が亡くなったあとに整理するつもりだった古い品の一つだったからだという。
けれど、鍵の形を聞いた瞬間、孝はカメラに写っていた老人の姿を思い出した。あの人物が持っていた古い鍵。あれと同じものなのかもしれない。母親は、さらに一つのことを思い出した。
鍵の袋には、祖母の字で小さな紙が入っていた。
そこには「四」とだけ書かれていた。
電話を切ったあと、四人はしばらく歩いた。誰も会話をしない。必要がなかった。今まで積み重なってきた情報が、ようやく一つの形になり始めている。木箱。鍵。四番。そして今夜。
孝は、自分たちが四番へ行くべきなのかどうかを考えた。行けば危険かもしれない。しかし、行かなければ、誰かが四番を開ける。
その人物が何をするつもりなのかはわからない。
祖母が何十年も守ってきたものを、知らない人物に渡してしまう可能性もある。だからといって、四人だけで止められるとも思えなかった。そのとき、浩一が立ち止まった。スマートフォンに、別の情報が表示されている。
昨日調べた古い地図の中に、四番の場所がようやく特定できたという。現在の住所とは一致しない。しかし、昔の地図と現在の道路を重ねると、場所をほぼ絞り込める。そこは、長崎港から離れた山側にある。
現在は駐車場になっているらしい。その地下に、古い建物の基礎が残っている可能性がある。
しかも、現在の所有者は一人ではない。
複数の土地に分割されているため、地下に何かが残っていても、簡単には確認できない。そして、四番へ向かう道の途中には、昔の教会跡がある。昨日、十二番を見つけた場所から、一本の古い道でつながっている。
ここまで来ると、四人はもう「観光の途中で偶然見つけた」という言葉では片づけられなくなっていた。
*
その夜、四人はホテルの部屋で地図を広げた。孝が紙に、これまでわかっている場所を書き出していく。長崎港。出島。浦上。九番。十二番。四番。それらを線で結ぶ。すると、奇妙な形が浮かび上がった。
長崎港から出島へ向かい、そこから浦上へ伸びる線は、単純な一直線ではない。いくつかの地点を迂回しながら進んでいる。まるで、誰かが意図的に人を歩かせるために作った道のようだった。浩一は、さらに古い地図を重ねた。
現在の道路を消してみる。すると、一本の古い道が残った。
それは、江戸時代から使われていた可能性のある道だった。長崎が外国との限られた交流を続けていた時代。
異国の人々が入り、宗教が伝わり、弾圧によって信仰が地下へ潜り、幕末には再び外国との交流が広がった。その後、近代化が進み、戦争が始まり、原爆が落ちた。街の姿は何度も変わった。
それでも、道そのものは場所によって残っている。
もしユウスケが記録を守ろうとしていたなら、その道を利用していた可能性がある。
つまり「九番」「十二番」「四番」は、単なる番号ではなく、古い道沿いに設けられた保管場所なのかもしれない。
そして、その場所を知るためには、数字だけでは足りない。写真。地図。鐘の音。それらを組み合わせる必要がある。孝は、昨夜届いた地下室の写真をもう一度開いた。今度は壁だけではなく、床を見る。そこに小さな石がある。
石の形が妙に整っている。拡大すると、表面に十字のような傷が刻まれていた。
その隣に「17」。
さらに、その下に「8」。
孝は、そこで初めて気づいた。数字は場所だけではない。何かを読む順番を示しているのかもしれない。9。17。12。4。8。9。並べ替える必要がある。けれど、何を基準に並べるのかがわからない。歴史の順番なのか。
地理的な順番なのか。それとも、写真を撮った順番なのか。四人は、夜が深くなるまで考えた。
しかし、その答えは出なかった。
そして午前零時を少し過ぎた頃、突然、ホテルの照明が一度だけ暗くなった。すぐに戻る。停電というほどのものではない。しかし、孝のカメラが勝手に起動した。画面に新しい写真が表示される。今度は地下室ではなかった。
長崎の夜景。山の斜面から街を見下ろした写真だった。
その中央に、一本だけ明るく見える道がある。写真の下には時刻が表示されている。
23時48分。
撮影場所は、ホテルからかなり離れている。そして、その写真の端に、小さく人影が写っていた。
その人物が立っている場所を拡大すると、背後に古い石造りの壁が見える。その壁には、数字が刻まれていた。
4。
四番だった。孝は、カメラを持ったまま立ち上がった。誰かが今、四番にいる。そして、その写真を撮っている人物は、四人に見せるために送った。問題は、その写真を誰が撮ったのかだった。敵なのか。味方なのか。
それとも、祖母が長い年月をかけて探していた誰かなのか。答えはわからない。
ただ、今夜四番で何かが起きている。四人は、ホテルを出る準備を始めた。しかし、そこで孝は、あることに気づいた。カメラの写真には、四番だけが写っているのではない。画面の右下。街灯の影の中に、別の人物がいる。
その人物は、四番の建物を見ている。そして、その手には古い木箱がある。
祖母の家から消えたものと同じだ。さらに、その人物の足元には、もう一人の影が伸びている。写真には一人しか写っていないのに、影は二つある。孝は、画面を拡大した。その瞬間、背後から声がした。
振り返ると、部屋の入口に沙羅が立っていた。孝はカメラを見せた。沙羅は画面を見つめたまま、しばらく動かなかった。
そして、写真の中に写る二つの影を見た瞬間、顔色を変えた。祖母が若かった頃の写真。そこに写っていた少年。その少年の足元にも、同じように二つの影があった。孝は、そこでようやく一つの可能性に気づいた。
黒く塗りつぶされた少年は、消されたのではない。
写真から「誰か」を消すために、少年の顔が利用されていたのではないか。
もしそうなら、あの写真に写っていた本当の人物は誰なのか。
そして、今夜四番にいる二人のうち、どちらが木箱を持っている人物なのか。四人は、答えを確かめるためにホテルを出た。長崎の夜は静かだった。けれど、山の向こうでは、誰かがすでに四番の扉を開けようとしている。
