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『 長崎 名前のない写真 』

 

第七章 塗りつぶされた少年

 

 写真を見つけたとき、孝は、しばらくそれを現実のものとして受け止めることができなかった。

 

 カメラの液晶に映っているのは、古い地下室だった。壁は湿気を含み、ところどころ黒ずんでいる。天井から細い管が何本も下がり、床には木箱や古びた道具が置かれている。現在も使われている場所には見えない。

 

 その壁の中央に、一枚の写真が貼られていた。若い頃の沙羅の祖母。そして、その隣に立つ少年。

 

 少年の顔だけが、黒いもので塗りつぶされている。

 

 写真そのものを誰かが加工したのか、それとも長い年月の中で顔の部分だけが損なわれたのか、画面からは判断できない。ただ、黒い部分は偶然できた傷には見えなかった。人の顔を意識して消したような形をしている。

 

 四人は、ホテルの部屋に集まっていた。

 

 誰も大きな声を出さない。

 

 窓の外では、長崎の夜がいつものように続いている。路面電車が通り、道路を車が走り、遠くの建物にはいくつもの明かりが灯っている。その普通の夜景と、カメラの中にある地下室の写真との落差が、かえって不気味だった。

 

 浩一が写真の撮影情報を確認する。昨日の写真と同じだった。

 

 午後三時十七分。ただし、撮影場所を示す位置情報は残っていない。孝はカメラを手に取ったまま、写真を何度も見直した。地下室の壁。写真。数字。そして、右下に写っている古い木箱。その木箱には、見覚えがあった。

 

 祖母の家にあったものと同じ形をしている。

 

 もちろん、同じものだと断定することはできない。古い木箱など、似たようなものはいくらでもある。

 

 それでも、ここまで同じものが続けば、偶然という言葉だけでは済ませにくい。

 

 沙羅は写真を見つめながら、自分の祖母がなぜこの場所に写っているのかを考えていた。祖母が若かった頃。まだ戦争が終わっていない時代なのか、それとも戦後なのか。写真だけではわからない。

 

 けれど、隣にいる少年については、祖母から一度も聞いたことがなかった。

 

 沙羅が知っている祖母の家族の写真には、父親や母親、兄弟の姿は残っている。それなのに、この少年だけは見た記憶がない。しかも、その顔は黒く消されている。

 

 誰かが意図的に隠したのだとすれば、隠さなければならない理由があったはずだった。孝は、昨夜母親から送られてきた写真を開いた。若い祖母が写っていた、あの古い写真である。二枚を並べる。

 

 撮影された時代は違うように見えるが、祖母の服装や髪型から考えると、それほど大きく離れていない可能性もある。

 

 そして、どちらの写真にも「9」がある。

 

 さらに「17」。

 

 その数字が何を示しているのか、まだわからない。

 

 ただ、数字そのものよりも気になるのは、数字が残されている場所だった。写真。灯籠。石垣。地図。そして今度は地下室。それぞれ違う場所にありながら、同じものを示しているように見える。

 

 その夜、四人は初めて、これまでの出来事を一つの流れとして整理した。

 

 最初は祖母の家だった。

 

 何気なく撮った写真に「9」が写っていた。

 

 その直後、母親から写真を消すよう言われ、さらに知らない番号から同じような警告が届いた。

 

 その後、祭りの灯籠に「9」と「17」が刻まれているのを見つけた。

 

 古い地図には「浦上九番」と記され、さらに「4」の場所が示された。

 

 その場所には、古い石垣と鍵穴が残っていた。そして浦上で、祖母の若い頃の写真が見つかった。

 

 最後に、祖母自身が姿を消し、写真と鍵と灯籠を失った状態で発見された。そこまで整理すると、偶然だと考えるほうが難しかった。誰かが何かを守っている。あるいは、誰かが何かを隠している。そのどちらなのかはわからない。

 

 ただ、その秘密が、祖母の若い頃から現在まで続いていることだけは確かなようだった。孝は、ここで一つのことを提案した。明日、もう一度祖母の家へ行ってみる。母親が許してくれるなら、家の中を見せてもらう。

 

 写真を探すためではない。地下室の写真と、祖母の家とのつながりを確認するためである。

 

 沙羅はすぐには答えなかった。

 

 祖母が無事に見つかった以上、これ以上関わらないほうがいいのかもしれない。それは誰もがわかっていた。しかし、祖母が見つかったことで、逆に一つの疑問が強くなっている。

 

 なぜ祖母は、四人が長崎へ来る直前になって、あの古い写真を残したのか。そして、なぜ誰かは、四人にそれを見せようとしているのか。その答えを知らないまま京都へ帰ることは、今となっては難しかった。

 

 

 翌朝、沙羅の母親から連絡があった。祖母は病院で検査を受けているが、大きな怪我はない。意識もはっきりしている。ただ、昨日どこにいたのかについては、ほとんど話そうとしないという。

 

 母親は四人が祖母の家を見たいという話を聞くと、しばらく考えたあと、来てもいいと言った。ただし、一人で動かないこと。そして、何か見つけても勝手に持ち出さないこと。四人は約束した。

 

 祖母の家へ向かう道は、昨日までとは違って見えた。同じ坂道。同じ石垣。同じ家並み。

 

 けれど、そこに隠されたものがあるかもしれないと思って見ると、街の細部が妙に目につく。古い家の軒下。閉じた扉。石垣に残る小さな穴。道路の端に埋め込まれた金属板。

 

 長崎では、古いものがそのまま残っていることが珍しくない。

 

 だからこそ、何かを見つけても、それが特別なものなのか、単なる古いものなのか判断しにくい。祖母の家に着くと、母親が待っていた。四人を見ると、少し疲れた表情を見せた。

 

 それでも、昨日までとは違い、もう何も隠そうとはしていないようだった。居間へ通される。写真を撮った場所。古い箪笥。木箱。壁の写真。すべて昨日までと同じだった。ただ、一つだけ違う。木箱がなくなっていた。

 

 母親に尋ねると、祖母が病院へ運ばれる前に、家の中を整理したときには確かにあったという。しかし、その後なくなっている。誰かが持ち出した可能性がある。けれど、家には外から侵入された形跡がない。鍵も壊されていない。

 

 つまり、持ち出した人物は、この家に自由に入れる人間だった可能性が高い。沙羅は、しばらく何も言わなかった。やがて母親が、古いアルバムを一冊持ってきた。それは祖母の部屋にあったものだった。表紙は傷んでいる。

 

 中の写真もかなり古い。母親は一枚ずつ確認しながら、祖母が若かった頃の写真を探した。

 

 そして、一枚の写真の前で指が止まった。そこに、昨日の地下室に貼られていた写真と同じ人物が写っていた。若い祖母。その隣にいる少年。今度は顔が黒く塗りつぶされていない。少年は、まっすぐカメラを見ている。

 

 年齢は十歳前後だろうか。母親は、その写真を見たまま動かなかった。沙羅が顔を上げる。

 

 初めて見る祖母の写真だった。しかし、母親の反応は、それ以上のことを知っているように見えた。長い沈黙のあと、母親がようやく話した。この少年は、祖母の弟だった。

 

 ただし、家族の中では、その存在について話してはいけないことになっていた。なぜなのか。母親自身も、幼い頃には教えられていなかった。

 

 ただ、祖母の母親から、「あの子のことは忘れなさい」と言われていたという。

 

 少年の名前も、正確には知らない。戸籍にも、残っている記録と残っていない記録がある。戦争と原爆によって、多くの記録が失われている。そのため、何が事実で、何が家族の記憶なのか、母親にも判断できない。

 

 けれど、祖母だけは少年のことを忘れていなかった。

 

 毎年、祭りの日になると灯籠を持って出かけていたのは、その少年のためだったのかもしれない。

 

 その話を聞いた瞬間、孝の中で「9」と「17」の意味が変わった。

 

 単なる番号ではない可能性がある。誰かの生きた時間を示しているのかもしれない。生まれた日。亡くなった日。あるいは、別の出来事が起きた日。母親は、もう一枚の写真を取り出した。

 

 その写真には、祖母と少年の二人が写っている。背景には、白い壁の建物。そして、その建物の脇に、古い地下への入口がある。

 

 孝は写真を見た瞬間、昨日のカメラに映った地下室を思い出した。同じ場所かもしれない。そう考えたとき、母親が静かに写真を裏返した。裏面には、鉛筆で文字が書かれている。年月日。そして、短い言葉。

 

「九番から四番へ」

 

 誰が書いたのかはわからない。けれど、その文字を見た瞬間、四人は息をのんだ。昨日の地図と同じだった。9から4へ。その意味を考えるより先に、家の外で物音がした。誰かが門を開けたような音だった。母親が立ち上がる。

 

 孝たちも振り返った。玄関へ続く廊下の向こうに、人影が見える。

 

 しかし、それは訪問者ではなかった。窓から差し込んだ光が作った影だった。全員が緊張を解いた。そのとき、沙羅がふと窓の外を見た。道路の向こうに、一台の車が停まっている。昨日も見た車だった。

 

 四人が石垣の前にいたとき、少し離れた場所に停まっていた。車内には誰もいない。

 

 それでも、しばらくすると車が動き出した。ゆっくり坂を下り、見えなくなる。母親は、その車を見て顔色を変えた。車種を知っているようだった。そして、ようやく四人に話した。

 

 祖母が若かった頃、この街には一人の外国人男性がいた。祖母の家族と関わりがあった人物だった。

 

 戦前の長崎で、海外との交易に関わる仕事をしていたらしい。その人物が残したものの中に、古い地図と一冊の記録があった。しかし、その記録は原爆によって失われたとされている。

 

 ところが、祖母は晩年になってから、その記録が失われていないと言い始めた。誰かが持っている。そして、その人物が今もそれを探している。母親は、そこまで話してから口を閉じた。四人は何も言わなかった。

 

 長崎の歴史の中に、キリシタンの時代、外国との交流、戦争、原爆、そして戦後の復興がある。その大きな歴史の隙間に、一つの家族の記憶が埋もれていた。しかし、その記憶を探しているのは家族だけではない。

 

 昨日から四人を見ている誰かがいる。その人物は、祖母のことを知っている。写真を知っている。

 

 そして、「9」と「4」の意味を知っている。

 

 母親がアルバムを閉じようとしたとき、最後のページに一枚の小さな紙が挟まっていることに孝が気づいた。紙を取り出す。そこには、見覚えのない文字があった。

 

「四番は、まだ開いていない。」

 

1945年8月8日。

 

 その日付を見た瞬間、孝は背筋が冷たくなった。翌日は、八月九日。長崎の歴史が決定的に変わった、その前日だった。