この作品は盗用禁止です。

AIに登録してネット監視していますので、ご注意ください。

 

 

『 長崎 名前のない写真 』

 

第五章 浦上九番

 

 翌朝、孝は目を覚ますと、昨夜届いた地図の画像を最初に確認した。

 

 眠っている間に削れていた記憶が、画面を見た瞬間に戻ってくる。祖母の家から伸びた赤い線。その途中にある丸印。そして、終点に記された「浦上九番」という文字。

 

 昨夜は、それが何を意味するのかばかり考えていたが、朝の光の中で見ると、別の疑問が生まれた。

 

 この地図を送ってきた人物は、なぜ自分たちに見せる必要があるのだろう。写真を撮るなと言った。けれど、その一方で、こうして場所を示してくる。近づくなと言いながら、近づくための道を教えているようにも見える。

 

 その矛盾が、かえって不気味だった。朝食の時間になり、三人と合流した。

 

 涼子は昨夜ほとんど眠れなかったらしく、朝から何度もあくびをしている。浩一は地図を見ながら、スマートフォンの現在地と照らし合わせていた。沙羅だけは、地図を見ても何も言わなかった。

 

 祖母が浦上へ向かったことを知っている。

 

 そして、祖母が祭りの日に古い灯籠を持って出かけていたことも思い出している。けれど、そこから先については、まだ何もわからない。孝は、今度こそ沙羅の母親に相談するべきだと思った。

 

 四人だけで判断するには、少しずつ重くなりすぎている。沙羅が母親へ電話をかけた。しばらく話していたが、やがて電話を切る。

 

 祖母はまだ戻っていない。警察にも相談している。

 

 そして、母親は四人に、できれば昨日の写真をすべて見せてほしいと言った。

 

 ただし、その写真を誰かに送ったり、インターネットに載せたりしないこと。それだけを強く念押しされた。

 

 沙羅は、母親に「浦上九番」のことを尋ねなかった。

 

 四人は朝食を終えたあと、予定していた観光地へ向かうことにした。今日の予定は、出島だった。浦上へ行くことは、まだ決めていない。それは四人の中で自然に一致していた。誰かに誘導されるように動くのは避けたかった。

 

*

 

 出島へ向かう道を歩いていると、長崎の街が少しずつ目を覚ましていくのがわかる。

 

 商店のシャッターが開き、店先に商品が並べられている。観光客が増え始め、路面電車の音が建物の間を抜けてくる。昨日までなら、こうした景色を純粋に楽しめたはずだった。

 

 しかし、今の孝には、街の中に過去の痕跡を探してしまう癖がついていた。出島もそうだった。現在は復元された建物が並び、観光地として整備されている。

 

 けれど、この場所がかつて外国との限られた窓口だったことを考えると、そこを行き交った人々の姿が想像できる。外から来たものを受け入れながら、同時に警戒していた時代。

 

 異なる文化や宗教が入り込み、それによって人々の生活も変わっていった。

 

 長崎という街には、そうした「外から来たもの」が何度も積み重なっている。

 

 孝は展示を見ながら、昨日の写真を思い出した。古い家。古い箱。9と17。そして浦上。もしかすると、この数字は単なる番号なのかもしれない。住所。施設番号。あるいは、古い地図の区画。

 

 それなら、なぜ誰かがこれほど隠そうとするのか。展示を見終わったあと、四人は外のベンチで休んだ。

 

 浩一がスマートフォンを見ながら、古い地図について調べていた。現在の浦上周辺と、戦前の地図を重ねてみる。いくつかの地名が消えている。道路も変わっている。

 

 しかし、「九番」という文字が、古い資料の中に何度か登場していた。

 

 ただし、それが何を意味するものなのかはわからない。検索結果の一つに、古い新聞記事の画像が出てきた。記事はかなり古い。文字も読みづらい。

 

 その中に「浦上九番」という言葉がある。

 

 しかし、記事の一部しか表示されないため、何について書かれているのかまではわからなかった。

 

 浩一が画面を保存しようとしたところで、突然、ページが表示されなくなった。もう一度検索する。出てこない。先ほどまで表示されていた記事が、検索結果から消えている。浩一は、しばらく画面を見つめていた。

 

 古いサイトなら、そういうこともある。それでも、昨日から何度も同じような偶然が続いている。

 

 涼子は、何も言わずに浩一のスマートフォンを見ていた。

 

 孝は、そこで初めて、自分たちが知らないうちに何かを調べ始めていることに気づいた。誰かを追いかけているわけではない。事件を解決しようとしているわけでもない。

 

 ただ、自分たちの目の前に出てきたものの意味を知りたいだけだった。

 

 それでも、一度調べ始めれば、次の疑問が生まれる。疑問が生まれれば、また調べる。

 

 そうして気づかないうちに、四人は昨日までとは違う場所へ進み始めていた。

 

*

 

 昼食のあと、沙羅の母親から連絡が入った。祖母の家をもう一度調べたところ、写真が一枚見つかったという。アルバムからなくなっていたものとは別の写真だった。

 

 その写真には、祖母が若い頃に撮ったらしい長崎の街が写っている。母親は、その写真を沙羅へ送った。四人で画面を見る。古い写真だった。

 

 画質が悪く、細かい部分まではわからない。けれど、背景に一つの建物が写っている。白い壁。細い窓。その建物の前に、何人かの人が立っている。その中に、一人だけ顔を隠すようにして立っている人物がいる。

 

 孝は、その人物の姿に見覚えがあるような気がした。けれど、思い出せない。写真の撮影場所もわからない。

 

 沙羅の母親は、この写真について祖母に聞いたことがあるらしい。祖母は、そのとき初めて、こう答えたという。

 

 「長崎には、見つけてはいけない場所がある」

 

 沙羅は、母親にその言葉の意味を尋ねた。返事はすぐには来なかった。やがて届いたのは、意外な内容だった。母親自身も知らない。ただ、祖母が昔からそう言っていたことだけは覚えている。

 

 その直後、母親からもう一つ写真が送られてきた。今度は古い地図だった。

 

 その地図には、昨日届いたものと同じような赤い線が引かれている。けれど、今回は始点が違う。

 

 長崎港から始まり、出島を通り、寺町へ向かい、最後に浦上へ伸びている。一本の線が、長崎の街を横断している。そして、その途中にいくつか数字が書かれていた。9。17。さらに、もう一つ。

 

4。

 

 涼子が地図を拡大した。4の位置は、四人がまだ行っていない場所だった。しかも、その場所には小さな印がつけられている。浩一が現在の地図と重ね合わせる。すると、そこは現在の道路の下にあたっていることがわかった。

 

 道路の下。それだけなら、珍しいことではない。

 

 しかし、古い地図には、その場所から地下へ続く線が描かれていた。水路なのか、地下道なのか、それすらわからない。ただ、線は地図の端で途切れている。その先には、何も書かれていない。四人は、しばらく画面を見つめていた。

 

 やがて沙羅が、母親から届いた最後のメッセージを開いた。

 

 そこには、祖母が昨夜いなくなる直前に残した言葉が記されていた。

 

「九番を見つけたら、四番へ行ってはいけない」

 

 孝は、その文章を読んだ瞬間、昨夜届いた地図を思い出した。そこには九番が示されていた。そして今、四番が現れた。誰かが四人に見せようとしている。そう考えたくなる。

 

 けれど、もしそうなら、なぜ祖母は「四番へ行ってはいけない」と言ったのか。

 

 四人は、すぐに答えを出そうとはしなかった。長崎の街では、夕方の光が少しずつ山の斜面へ移っている。観光客はまだ多い。店からは食事の匂いが漂い、路面電車がいつものように走っている。

 

 その普通の風景の中で、四人だけが一つの古い地図を見ていた。そして孝は、ふと気づいた。

 

 地図に記された「4」の場所。

 

 そこは、今朝四人がホテルを出るとき、何気なく通った場所だった。

 

 つまり、四人は知らないうちに、すでにその近くまで来ていたことになる。

 

 その事実に気づいたとき、孝は初めて、この旅が自分たちの意思だけで進んでいるのではないのかもしれないと思った。それでも、四人はその場所へ向かわなかった。少なくとも、その日のうちは。しかし、その夜。

 

 ホテルへ戻った孝のカメラに、撮った覚えのない一枚の写真が増えていることに気づく。画像の日付は、今日の午後三時十七分。写真には、四人が歩いていた出島の近くの道路が写っている。

 

 その道路の向こうに、見知らぬ老人が立っていた。老人はカメラを見ている。そして、その手には古い鍵が握られていた。

 

 写真の隅には、小さく数字が写り込んでいる。

 

4―9―17

 

 孝は、その数字を見つめながら、昨日までなら偶然だと思っていたことが、もう偶然だけでは説明できなくなっていることを認めざるを得なかった。