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『 棚のない商店街 』 ストーリー 9
第十七章 空き店舗の向こう側
「何の店なの?」
冴がもう一度聞いた。
田島は少しもったいぶるように笑った。
「本人から聞いたほうがいい」
「それじゃ分からないだろ」
「今から会長のところへ行くんだよ」
三人で商店街の奥へ向かった。
冬の夕方は早い。
午後五時を過ぎると、アーケードの中にも薄暗さが入り込んでくる。
ところどころに灯る店の明かりが、昼間とは違った表情を作っていた。
空き店舗の前に来ると、シャッターが半分だけ開いていた。
中から人の声がする。
加藤が出てきた。
「来たか」
「何の店なんです?」
涼が聞く。
「本人から聞いてくれ」
また同じことを言われた。
加藤の後ろから、先日の女性が顔を出した。
「すみません。まだ正式には決めていないんですけど」
「それでも、いいですよ」
冴が笑った。
女性は少し緊張しながら言った。
「小さな食材店をやろうと思っています」
「食材?」
「はい」
彼女は店の中を見回した。
「地元の農家さんから野菜を仕入れて、一人暮らしの人でも買いやすい量で売るんです」
涼は黙って聞いていた。
「例えば、大根一本は多い人もいるでしょう。半分とか、少量とか。あと、簡単に料理できるものも置きたい」
「八百屋と競合しませんか?」
田島が聞いた。
「そこは相談しています」
女性は笑った。
「八百屋さんには、今まで通り大きな野菜を売ってもらう。私は少量のものや、料理をしたことがない人向けの商品を扱う」
加藤が頷いた。
「役割を分けるわけか」
「はい」
女性は続けた。
「ここに戻ってきて思ったんです。商店街には、昔からのお店がある。でも、一人暮らしの人が増えているのに、その人たちが買いやすい店が少ない」
涼は少し驚いた。
その考え方は、プロジェクトが始まってから何度も考えてきたことだった。
高齢者。
一人暮らし。
買いやすい量。
歩きやすい商店街。
今まで別々だった問題が、目の前の女性の言葉でつながっていく。
「店の名前は?」
志保が聞いた。
その話を聞きつけた井上と志保もやってきた。
女性は少し照れたように笑った。
「まだ考え中です」
「じゃあ、みんなで考えます?」
志保が言う。
「いいんですか?」
「もちろん」
その場で六人が店名を考え始めた。
しかし、なかなか決まらない。
「小さな台所」
「ちょっと硬い」
「まちの食卓」
「食堂みたい」
「よりみち市場」
「100円ショップと名前が近すぎる」
笑い声が起きた。
商店街の奥の空き店舗で、久しぶりに人が集まっている。
女性はその様子を見ながら、嬉しそうに笑っていた。
涼は店の奥を見た。
まだ何もない。
棚もない。
商品もない。
それでも、もう空き店舗には見えなかった。
人が使い始めると、場所は変わる。
店というものは、商品だけでできるのではない。
そこに人がいることで、店になる。
その週末、女性の店を商店街の企画に正式に組み込むことが決まった。
新規出店なので、プロジェクトの対象店舗ではない。
しかし、六人はその店を「商店街の次の一歩」として扱うことにした。
100円ショップの商品を売る。
既存店舗へ人を送る。
それだけではなく、商店街に新しい商売が生まれる。
その流れまで作る。
加藤は社内への報告書に、こう書いた。
「空き店舗を埋めることを目的とせず、新たな事業者が出店したくなる環境をつくる」
涼はその一文を読んで、しばらく考えた。
プロジェクトの最初に会社から与えられた命題は、
地方の商店街を有効に再生すること。
あの一行の意味が、半年かけて少しずつ変わってきた。
店を埋める。
人を呼ぶ。
売上を上げる。
それだけではない。
商店街の中で、新しい商売が生まれ続ける状態をつくる。
そこまでできれば、会社のプロジェクトが終わっても、町は動き続けるかもしれない。
それが本当の再生なのではないか。
第十八章 最後の〇・八
十二月の売上が締まった。
会議室のスクリーンに数字が出る。
前年同月比、一四・七パーセント。
「〇・三足りない」
井上が言った。
田島が頭を抱えた。
「あと〇・三かよ」
志保は笑った。
「でも、ここまで来た」
加藤は数字を見たまま黙っていた。
目標は一五パーセント。
あと〇・三。
数字だけなら小さい。
しかし、実際に売上を〇・三ポイント上げるのは簡単ではない。
「一月で届く?」
田島が聞く。
「分からない」
井上が答えた。
「年末商戦が終わったので、むしろ一月は落ちる可能性があります」
その言葉で、空気が重くなる。
クリスマスも終わった。
年末の買い物も終わった。
一月は消費が落ちる。
普通なら、数字を上げるには一番難しい時期だった。
「何かやろう」
田島が言った。
「イベント?」
「もうイベントはやった」
「セール?」
「100円ショップでセールをやっても意味が薄い」
「じゃあ、何?」
全員が黙った。
涼は資料を眺めていた。
店舗別の売上。
時間帯別。
客層。
購入商品。
回遊率。
何度も見てきた数字だった。
そのとき、一つの数字が目に入った。
「これ」
涼が指をさした。
「何?」
「夕方の回遊率」
井上が画面を見る。
「上がってる」
「でも、売上は?」
「……あまり変わってない」
涼は考えた。
人は歩いている。
店にも入っている。
なのに、買わない。
なぜか。
「商品じゃない」
冴が言った。
涼が顔を上げる。
「え?」
「夕方に歩く人は、買うものを決めて来てるんじゃない」
冴は数字を見た。
「仕事帰りに何となく寄る。だから、店に入っても買う理由が弱い」
「じゃあ、買う理由を作る」
志保が言った。
「でも、何を?」
冴はしばらく考えていた。
そして、ふと笑った。
「福袋」
田島が笑った。
「百円ショップの?」
「違う」
冴は首を振った。
「商店街の福袋」
全員が黙った。
「一店舗の商品じゃない」
冴が続ける。
「八百屋、食堂、洋品店、100円ショップ。商店街の店の商品を組み合わせて、一つの袋にする」
「例えば?」
「一人暮らし向け」
冴はホワイトボードに書いた。
小さな野菜。
保存容器。
キッチン用品。
食堂の惣菜券。
靴下。
日用品。
「一人暮らしの人が、これを買えば何か一つ生活が楽になる」
涼はその言葉を聞いて、すぐにイメージできた。
「高齢者向けもできる」
「うん」
「新生活向けも」
「できる」
「子ども向けも」
「できる」
井上が計算を始めた。
「価格設定は?」
「安くする」
田島が言った。
「でも、それだと売上が上がらない」
「利益じゃなくて、商店街全体の売上を上げるためのもの」
加藤が言った。
「ただし、赤字は駄目だ」
そこから六人は、商店街の店主たちと話し合った。
最初は戸惑いもあった。
「うちの商品を一緒に入れる?」
「そうです」
「それで、いくらで売るの?」
「例えば三千円」
「中身は?」
「各店舗から少しずつ」
八百屋の店主が言った。
「面白いけど、うちの野菜は日持ちしないよ」
「じゃあ、引換券にしましょう」
志保が言う。
「好きな日に取りに来てもらう」
「それならできる」
食堂の主人も参加した。
「惣菜じゃなくて、食事券にする」
洋品店も、
「靴下なら入れられる」
と言った。
100円ショップ側も参加する。
収納用品。
キッチン用品。
掃除用品。
小さな生活用品。
六つの店舗の商品が、一つの袋に入る。
商店街全体を一つの店にする。
その最初の企画を、今度は「商品」そのものにしてしまう。
それは、プロジェクトが始まったときには誰も考えていなかった形だった。
年が明けた。
一月三日。
商店街の入口に、福袋が並んだ。
名前は、
「まちの暮らし袋」
志保がつけた。
大きな袋ではない。
持ちやすい大きさ。
中身は、生活に必要なもの。
価格は三千円。
中身の合計金額は、それを少し上回る。
しかし、それ以上に大きかったのは、袋の中身が一つの店の商品ではないことだった。
八百屋の引換券。
食堂の食事券。
100円ショップの商品。
洋品店の商品。
日用品。
そして、袋の中には商店街の地図も入っていた。
「これ、いいね」
朝一番に来た女性が言った。
「全部使えるの?」
「はい」
「じゃあ買う」
最初の一袋が売れた。
続いて二袋。
三袋。
午前中だけで二十袋。
昼には四十袋。
夕方には、用意した百袋がほとんどなくなっていた。
井上が売上を確認する。
「想定よりかなり早い」
「追加できる?」
加藤が聞いた。
「引換券なら可能です」
「じゃあ追加しよう」
その日の夜、商店街の店主たちは集会所に集まった。
売上を確認する。
100円ショップだけではない。
八百屋。
食堂。
洋品店。
薬局。
それぞれの売上が動いていた。
涼は数字を見ながら、少し不思議な気持ちになった。
商店街全体を一つの店にする。
最初にそう言った。
あれは、100円ショップの商品をジャンル別に分けるという発想から始まった。
それが今は、商店街の店同士が商品をつなぎ、一つの袋にして売っている。
商店街そのものが、一つの商品になりつつある。
加藤が井上に聞いた。
「全体の数字は?」
「まだ締まってません」
「予測は?」
井上は画面を見た。
「一五パーセントを超える可能性があります」
誰も歓声を上げなかった。
まだ確定ではない。
けれど、六人の顔には少しだけ笑みがあった。
その夜、帰り道。
涼と冴は二人で歩いていた。
「届くかな」
冴が言った。
「一五パーセント?」
「うん」
「届いてほしい」
「仕事だから?」
涼は少し考えた。
「それだけじゃない」
冴は何も言わなかった。
「ここまでやってきたから」
「そうだね」
二人は商店街の入口で立ち止まった。
以前なら、ここから駅へ向かうだけだった。
今は、入口にも明かりがある。
案内板がある。
人がいる。
そして、少し奥には新しい店の看板が取り付けられ始めていた。
「来週、店が開くね」
冴が言った。
「うん」
「楽しみ」
「俺も」
冴が涼を見る。
「涼」
「何?」
「この仕事が終わっても、ここに来る?」
涼は答えようとした。
しかし、その前にスマートフォンが鳴った。
加藤からだった。
涼が電話に出る。
「はい」
加藤の声が聞こえる。
「明日の朝、六人全員、会社に来てくれ」
「何かありました?」
「数字が出た」
「一五パーセント?」
電話の向こうで、少し間があった。
「それだけじゃない」
涼の表情が変わる。
「どういうことです?」
「100円ショップ側から、正式な提案が来た」
「正式な提案?」
「この商店街でやっているモデルを、他の地方都市にも展開したいそうだ」
涼は言葉を失った。
加藤が続ける。
「全国展開のために、プロジェクトを会社の正式な新規事業部門にする」
涼は商店街を見た。
一年間だけの実験。
目標を超えれば継続。
下回れば中止。
最初は、それだけだった。
しかし今、その先に別の道が開こうとしている。
電話を切ると、冴が聞いた。
「何だった?」
涼はすぐには答えなかった。
やがて、
「俺たち、この一年で終わらないかもしれない」
と言った。
冴の顔に、驚きと、ほんの少しの笑みが浮かんだ。
「そうなんだ」
商店街の明かりが、二人の足元まで届いていた。
そのとき涼は、初めて気づいた。
このプロジェクトの本当の終着点は、商店街の売上目標ではない。
この町で生まれた仕組みを、次の町へ持っていけるかどうか。
そして、そのとき自分たちは何を残すのか。
その答えは、まだ出ていなかった。
人は歩いている。
店にも入っている。
なのに、買わない。
なぜか。
「商品じゃない」
冴が言った。
涼が顔を上げる。
「え?」
「夕方に歩く人は、買うものを決めて来てるんじゃない」
冴は数字を見た。
「仕事帰りに何となく寄る。だから、店に入っても買う理由が弱い」
「じゃあ、買う理由を作る」
志保が言った。
「でも、何を?」
冴はしばらく考えていた。
そして、ふと笑った。
「福袋」
田島が笑った。
「百円ショップの?」
「違う」
冴は首を振った。
「商店街の福袋」
全員が黙った。
「一店舗の商品じゃない」
冴が続ける。
「八百屋、食堂、洋品店、100円ショップ。商店街の店の商品を組み合わせて、一つの袋にする」
「例えば?」
「一人暮らし向け」
冴はホワイトボードに書いた。
小さな野菜。
保存容器。
キッチン用品。
食堂の惣菜券。
靴下。
日用品。
「一人暮らしの人が、これを買えば何か一つ生活が楽になる」
涼はその言葉を聞いて、すぐにイメージできた。
「高齢者向けもできる」
「うん」
「新生活向けも」
「できる」
「子ども向けも」
「できる」
井上が計算を始めた。
「価格設定は?」
「安くする」
田島が言った。
「でも、それだと売上が上がらない」
「利益じゃなくて、商店街全体の売上を上げるためのもの」
加藤が言った。
「ただし、赤字は駄目だ」
そこから六人は、商店街の店主たちと話し合った。
最初は戸惑いもあった。
「うちの商品を一緒に入れる?」
「そうです」
「それで、いくらで売るの?」
「例えば三千円」
「中身は?」
「各店舗から少しずつ」
八百屋の店主が言った。
「面白いけど、うちの野菜は日持ちしないよ」
「じゃあ、引換券にしましょう」
志保が言う。
「好きな日に取りに来てもらう」
「それならできる」
食堂の主人も参加した。
「惣菜じゃなくて、食事券にする」
洋品店も、
「靴下なら入れられる」
と言った。
100円ショップ側も参加する。
収納用品。
キッチン用品。
掃除用品。
小さな生活用品。
六つの店舗の商品が、一つの袋に入る。
商店街全体を一つの店にする。
その最初の企画を、今度は「商品」そのものにしてしまう。
それは、プロジェクトが始まったときには誰も考えていなかった形だった。
年が明けた。
一月三日。
商店街の入口に、福袋が並んだ。
名前は、
「まちの暮らし袋」
志保がつけた。
大きな袋ではない。
持ちやすい大きさ。
中身は、生活に必要なもの。
価格は三千円。
中身の合計金額は、それを少し上回る。
しかし、それ以上に大きかったのは、袋の中身が一つの店の商品ではないことだった。
八百屋の引換券。
食堂の食事券。
100円ショップの商品。
洋品店の商品。
日用品。
そして、袋の中には商店街の地図も入っていた。
「これ、いいね」
朝一番に来た女性が言った。
「全部使えるの?」
「はい」
「じゃあ買う」
最初の一袋が売れた。
続いて二袋。
三袋。
午前中だけで二十袋。
昼には四十袋。
夕方には、用意した百袋がほとんどなくなっていた。
井上が売上を確認する。
「想定よりかなり早い」
「追加できる?」
加藤が聞いた。
「引換券なら可能です」
「じゃあ追加しよう」
その日の夜、商店街の店主たちは集会所に集まった。
売上を確認する。
100円ショップだけではない。
八百屋。
食堂。
洋品店。
薬局。
それぞれの売上が動いていた。
涼は数字を見ながら、少し不思議な気持ちになった。
商店街全体を一つの店にする。
最初にそう言った。
あれは、100円ショップの商品をジャンル別に分けるという発想から始まった。
それが今は、商店街の店同士が商品をつなぎ、一つの袋にして売っている。
商店街そのものが、一つの商品になりつつある。
加藤が井上に聞いた。
「全体の数字は?」
「まだ締まってません」
「予測は?」
井上は画面を見た。
「一五パーセントを超える可能性があります」
誰も歓声を上げなかった。
まだ確定ではない。
けれど、六人の顔には少しだけ笑みがあった。
その夜、帰り道。
涼と冴は二人で歩いていた。
「届くかな」
冴が言った。
「一五パーセント?」
「うん」
「届いてほしい」
「仕事だから?」
涼は少し考えた。
「それだけじゃない」
冴は何も言わなかった。
「ここまでやってきたから」
「そうだね」
二人は商店街の入口で立ち止まった。
以前なら、ここから駅へ向かうだけだった。
今は、入口にも明かりがある。
案内板がある。
人がいる。
そして、少し奥には新しい店の看板が取り付けられ始めていた。
「来週、店が開くね」
冴が言った。
「うん」
「楽しみ」
「俺も」
冴が涼を見る。
「涼」
「何?」
「この仕事が終わっても、ここに来る?」
涼は答えようとした。
しかし、その前にスマートフォンが鳴った。
加藤からだった。
涼が電話に出る。
「はい」
加藤の声が聞こえる。
「明日の朝、六人全員、会社に来てくれ」
「何かありました?」
「数字が出た」
「一五パーセント?」
電話の向こうで、少し間があった。
「それだけじゃない」
涼の表情が変わる。
「どういうことです?」
「100円ショップ側から、正式な提案が来た」
「正式な提案?」
「この商店街でやっているモデルを、他の地方都市にも展開したいそうだ」
涼は言葉を失った。
加藤が続ける。
「全国展開のために、プロジェクトを会社の正式な新規事業部門にする」
涼は商店街を見た。
一年間だけの実験。
目標を超えれば継続。
下回れば中止。
最初は、それだけだった。
しかし今、その先に別の道が開こうとしている。
電話を切ると、冴が聞いた。
「何だった?」
涼はすぐには答えなかった。
やがて、
「俺たち、この一年で終わらないかもしれない」
と言った。
冴の顔に、驚きと、ほんの少しの笑みが浮かんだ。
「そうなんだ」
商店街の明かりが、二人の足元まで届いていた。
そのとき涼は、初めて気づいた。
このプロジェクトの本当の終着点は、商店街の売上目標ではない。
この町で生まれた仕組みを、次の町へ持っていけるかどうか。
そして、そのとき自分たちは何を残すのか。
の女性の言葉でつながっていく。
「店の名前は?」
志保が聞いた。
いつの間にか彼女と井上も来ていた。
女性は少し照れたように笑った。
「まだ考え中です」
「じゃあ、みんなで考えます?」
志保が言う。
「いいんですか?」
「もちろん」
その場で六人が店名を考え始めた。
しかし、なかなか決まらない。
「小さな台所」
「ちょっと硬い」
「まちの食卓」
「食堂みたい」
「よりみち市場」
「100円ショップと名前が近すぎる」
笑い声が起きた。
商店街の奥の空き店舗で、久しぶりに人が集まっている。
女性はその様子を見ながら、嬉しそうに笑っていた。
涼は店の奥を見た。
まだ何もない。
棚もない。
商品もない。
それでも、もう空き店舗には見えなかった。
人が使い始めると、場所は変わる。
店というものは、商品だけでできるのではない。
そこに人がいることで、店になる。
その週末、女性の店を商店街の企画に正式に組み込むことが決まった。
新規出店なので、プロジェクトの対象店舗ではない。
しかし、六人はその店を「商店街の次の一歩」として扱うことにした。
100円ショップの商品を売る。
既存店舗へ人を送る。
それだけではなく、商店街に新しい商売が生まれる。
その流れまで作る。
加藤は社内への報告書に、こう書いた。
「空き店舗を埋めることを目的とせず、新たな事業者が出店したくなる環境をつくる」
涼はその一文を読んで、しばらく考えた。
プロジェクトの最初に会社から与えられた命題は、
地方の商店街を有効に再生すること。
あの一行の意味が、半年かけて少しずつ変わってきた。
店を埋める。
人を呼ぶ。
売上を上げる。
それだけではない。
商店街の中で、新しい商売が生まれ続ける状態をつくる。
そこまでできれば、会社のプロジェクトが終わっても、町は動き続けるかもしれない。
それが本当の再生なのではないか。
第十八章 最後の〇・八
十二月の売上が締まった。
会議室のスクリーンに数字が出る。
前年同月比、一四・七パーセント。
「〇・三足りない」
井上が言った。
田島が頭を抱えた。
「あと〇・三かよ」
志保は笑った。
「でも、ここまで来た」
加藤は数字を見たまま黙っていた。
目標は一五パーセント。
あと〇・三。
数字だけなら小さい。
しかし、実際に売上を〇・三ポイント上げるのは簡単ではない。
「一月で届く?」
田島が聞く。
「分からない」
井上が答えた。
「年末商戦が終わったので、むしろ一月は落ちる可能性があります」
その言葉で、空気が重くなる。
クリスマスも終わった。
年末の買い物も終わった。
一月は消費が落ちる。
普通なら、数字を上げるには一番難しい時期だった。
「何かやろう」
田島が言った。
「イベント?」
「もうイベントはやった」
「セール?」
「100円ショップでセールをやっても意味が薄い」
「じゃあ、何?」
全員が黙った。
涼は資料を眺めていた。
店舗別の売上。
時間帯別。
客層。
購入商品。
回遊率。
何度も見てきた数字だった。
そのとき、一つの数字が目に入った。
「これ」
涼が指をさした。
「何?」
「夕方の回遊率」
井上が画面を見る。
「上がってる」
「でも、売上は?」
「……あまり変わってない」
涼は考えた。
