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『 鴨川の向こう側 ――68歳からの物語 』

 

一 ひとりの朝

 

 朝の支度は、誰かに見せるものではない。だからこそ、翔子は最近、自分がどんな順番で一日を始めるのかをよく考えるようになった。

 

 若い頃は、朝は一日の入口にすぎなかった。仕事へ行くために起き、家族を送り出し、帰ってきてからの用事まで頭の中に並べていた。今は、朝そのものに時間を使える。急ぐ理由がないことに、最初は戸惑った。

 

 急がなくていい朝には、急がないからこそ見えるものがある。湯気の向こうの窓、机に落ちる光、昨日のまま置かれた新聞。翔子はそれらを眺めながら、自分がまだここで暮らしていることを思う。

 

 健二がいなくなってから、家の広さまで変わったように思える日がある。同じ部屋、同じ家具なのに、音の届き方が違う。誰かがいる家では、物音は生活の一部になる。一人になると、物音の一つ一つが自分に向かってくる。

 

   その朝、翔子は食器棚を開けた。

 

 健二が使っていた湯飲みが、奥に残っている。手に取ることはせず、翔子はそのまま棚を閉めた。

 

 三村翔子、六十八歳。

 

 夫の健二が亡くなって、二年になる。

 

 その二年が長かったのか短かったのか、翔子にはよく分からない。

 

 亡くなった直後の数か月は、一日がひどく長かった。朝になっても、昼になっても、夜になっても、時間だけがなかなか先へ進まない。けれど、二年が近づく頃になると、逆に月日が早く流れているように感じるようになった。

 

 カレンダーをめくるたび、季節が一つずつ消えていく。

 

 桜が咲き、暑い夏が来て、秋になり、冬を越した。

 

 それらが繰り返して、また春が近づいている。

 

 京都市北区の家で、翔子は一人で暮らしている。

 

 朝は決まった時間に起きる。

 

 目覚まし時計が鳴る前に目を覚ますことが多い。長年の習慣というものは、夫がいなくなっても身体の中に残っているらしい。

 

 布団から出ると、まずカーテンを開ける。

 

 窓を少しだけ開ける。

 

 季節によって匂いは変わる。雨の翌日は土の匂いがするし、春先にはどこか湿った草の匂いが混じる。夏の朝は、まだ太陽が高くないのに空気が重い。

 

 朝の空気を吸い込み、翔子は今日も一日が始まると思う。

 

 台所へ行き、湯を沸かす。

 

 コーヒーを淹れる。

 

 以前なら、この時間には健二がいた。

 

 新聞をめくる音がして、テレビの音がして、ときどき咳払いが聞こえた。

 

 健二は朝からよくテレビを見る人だった。

 

 翔子が台所で朝食を用意している間にも、ニュースを見ながら、誰に話しかけるでもなく小さな声で何かを言う。

 

 政治家の発言に文句をつけたり、天気予報を聞いて「今日は暑くなるらしいな」と言ったりする。

 

 翔子は返事をすることもあったし、聞き流すこともあった。

 

 そういう何でもない声が、家の中にはずっとあった。

 

 今は静かだ。

 

 時計の秒針まで聞こえるような気がする朝もある。翔子は以前なら、その音を寂しいと思った。今は、時間がちゃんと進んでいる証拠だと思う。

 

 静かになったことにも、少しずつ慣れてきた。

 

 最初の頃は、テレビをつけないと落ち着かなかった。

 

 音がないことが、夫の不在をそのまま知らせているように感じたからだ。

 

 今では、朝の静けさも嫌いではない。

 

 静けさは、最初は空白だった。今では、その中に自分の考えを置ける。翔子は朝の十分ほどを、何もしない時間にすることが増えた。

 

 窓の外を眺め、今日の天気を考え、昼に何を食べるか決める。それだけで、一日の始まりには十分だった。

 

 鳥の声が聞こえる。

 

 遠くを走る車の音がする。

 

 隣の家の玄関が開く音もする。

 

 小さな音まで、以前よりよく聞こえる。

 

 二人分の食器をしまった棚を開けると、手が止まることがある。

 

 健二が使っていた湯飲み。

 

 少し欠けた皿。

 

 来客用に買ったのに、結局ほとんど使わなかった茶碗。

 

 捨てようと思ったこともある。

 

 けれど、捨てられなかった。

 

 物が惜しいわけではない。そこにあった時間までなくなってしまう気がするのだ。

 

 翔子は、そんな自分を少し可笑しいと思う。

 

 もう二年も経っている。

 

 いつまでも過去にしがみついているつもりはない。

 

 健二との生活は、長かった。

 

 良いことばかりではなかったし、喧嘩もした。

 

 若い頃には、もっと違う人生があったのではないかと思ったこともある。

 

 それでも、最後まで一緒にいた人である。

 

 亡くなったからといって、その時間まで消えるわけではない。物の形で残っているものもある。

 

 娘の彩花は三十五歳。

 

 仕事もあるし、自分の生活がある。

 

 近くに住んでいるわけではないが、電話はくれる。

 

 ときどき家にも来る。

 

 翔子は、そのたびに「大丈夫だから」と言う。

 

 彩花は、以前ほど「本当に大丈夫?」とは聞かなくなった。

 

 それが翔子にはありがたかった。

 

 人に心配されると、自分が弱くなったように感じることがある。彩花の優しさが嫌なわけではない。ただ、「大丈夫?」と何度も聞かれると、大丈夫であり続けなければならないような気持ちになる。

 

 心配され続けるのも、案外疲れる。

 

 翔子も、もう大丈夫だと思う。朝の支度も、買い物も、病院の手続きも、一人でできる。

 

 ただ、夫がいなくなったことで、家の中に空いた場所があることは分かっていた。

 

 その場所を、誰かで埋めようとは思わない。

 

 六十八歳になって、恋愛をするなどとは考えたこともない。

 

 「恋愛」という言葉そのものが、少し遠い。

 

 若い頃なら、誰かを好きになれば、これからどうなるのかを考える。

 

 結婚するのか。

 

 一緒に暮らすのか。

 

 仕事はどうするのか。

 

 家族はどうするのか。

 

 先には、いくらでも時間がある。

 

 六十八歳の自分には、それがない。

 

 もちろん、まだ時間はある。ただ、若い頃のように「これから何十年もある」とは考えない。だから翔子は、一人の暮らしを受け入れようとしていた。

 

 そんな頃、翔子はSNSを通じて安田良子と知り合った。

 

 きっかけは、近江の城跡を紹介する投稿だった。

 

 翔子はもともと歴史が好きだったわけではない。

 

 ただ、夫が亡くなってから、休日に一人で家にいる時間が増え、スマートフォンを見ることも増えた。

 

 そこで偶然、良子の写真を見つけた。

 

 古い石垣。

 

 山道。

 

 誰もいない城跡。

 

 写真の下には短い文章が添えられていた。

 

 翔子は何度かその投稿を見ているうちに、良子とメッセージを交わすようになった。

 

 良子は六十二歳。

 

 よく歩き、よく笑う人だった。

 

 翔子より六歳若いだけなのに、ずいぶん行動的に見える。

 

 近江の城跡へ行ったかと思えば、次の週には奈良の古い町を歩いている。

 

 写真を見せてもらううちに、翔子も少しずつ外へ出るようになった。

 

 外へ出ると、家の中で考えていたことが案外小さく思える。道を歩き、店に入り、人の声を聞く。それだけで気持ちの向きが変わる。翔子は、そんな変化を少しずつ楽しむようになった。

 

 画面の中で近江の城跡や古い町並みの写真を見せてもらううちに、いつしか実際に会うようになった。

 

 最初に会った日は、駅の近くの喫茶店だった。

 

 写真で見るより、良子はよく笑った。

 

 話も早かった。

 

 翔子が何かを考えている間に、良子は次の話題へ進んでいる。

 

 その勢いが、翔子には心地よかった。

 

 良子といると、若返ったような気はしない。六十八歳の自分を、そのまま外へ連れ出してもらう感じがする。

 

 無理に若く振る舞う必要もない。家の中だけで終わっていた生活から、一歩外へ出る。そのくらいの距離が翔子にはちょうどよかった。

 

 自分の生活には、いつの間にか「予定外」のことが少なくなっていた。

 

 良子と会うと、その予定外が少しだけ戻ってくる。

 

 ある日、良子が言った。

 

「安土城跡、歩いてみない?」

 

 長谷川駿という男性も一緒だという。

 

 翔子は、少し考えてから返事をした。

 

 安土。

 

 その地名を見た瞬間、胸の奥で古いものが動いた。

 

 四十五年前の記憶だった。

 

 大学三年の頃。

 

 翔子には、前島涼太という恋人がいた。

 

 涼太も、今は六十八歳になっている。

 

 四十五年前、二人は安土城跡へ行った。

 

 何を話したかは、ほとんど覚えていない。

 

 昼ご飯を食べた場所も、帰りにどの電車に乗ったのかも覚えていない。

 

 写真も残っていない。

 

 けれど、石段を上ったことは覚えている。

 

 涼太が少し先を歩き、翔子が後ろからついていった。

 

 ときどき涼太が振り返った。

 

 翔子が遅れると、何も言わずに歩く速度を落とした。

 

 たったそれだけの記憶だった。

 

 それなのに、安土という文字を見ただけで、あの頃の空気まで戻ってくるようだった。

 

 翔子は、しばらくスマートフォンの画面を見つめた。

 

 送信する前に、名前をもう一度確認した。間違えて別の人に送ったらどうしよう、と考える。そんな心配をする自分が可笑しくなった。

 

 四十五年近く会っていない人に連絡することのほうが、送信先を間違えることよりずっと大きな出来事なのに。

 

 翔子は小さく息を吐き、指を動かした。

 

 そして、良子に返事をした。

 

「行ってみようかな」

 

 送信したあとも、胸のざわつきは消えなかった。

 

 翔子は、夫が亡くなってから「一人」という言葉の手触りが変わったと思っている。以前の一人は、誰かが帰ってくるまでの時間だった。今は、玄関の鍵が回る音を待つ必要がない。待たなくていいことは自由だったが、ときどき、その自由が広すぎると感じることもあった。

 

 朝食を終えると、翔子は洗濯機を回した。白いシャツが二枚、タオルが三枚。洗濯物はそれだけだった。洗い終わるまでの時間に、窓辺の鉢植えへ水をやる。以前なら、健二のシャツが一枚混じっていた。そんなことを思いながら、翔子は物干し竿にタオルを掛けた。

 

 予定表を開く。空白が並んでいる。以前なら、その白さが気になっただろう。今は、図書館へ行く日も、何もしない日も、自分で決められる。自由というものは、誰かに与えられるより、自分で使い方を覚えるほうが難しいのかもしれない。

 

 翔子は鉛筆で、来週の欄に小さく丸をつけた。何の予定にするかは決めていない。ただ、空白のままにしておかない日を一つ作ってみたかった。