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『 棚のない商店街 』 ストーリー 7

 

第十五章 店を持たない店

 

 十月の終わり。

 

 新しいアイデアが出た。

 

 きっかけは、商店街の奥にある古い電器店だった。

 

 店主は七十歳を過ぎている。

 

 店には昔のテレビや電球、乾電池などが並んでいる。

 

 売上は低い。

 

 それでも、店主は店を閉めようとしなかった。

 

「ここを閉めたら、困る人がいるから」

 

 そう言った。

 

「電池一本でも買いに来る人がいる」

 

 涼は店内を見た。

 

 古い商品と、新しい商品が混ざっている。

 

 そこで井上が言った。

 

「この店、売るだけじゃなくて案内所にできないかな」

 

「案内所?」

 

 冴が顔を上げた。

 

「高齢者が困ったときに相談できる場所」

 

 井上が続けた。

 

「例えばスマートフォンの使い方とか」

 

「100円ショップの商品を?」

 

「いや、それだけじゃない」

 

 井上は続けた。

 

「どの店に何があるか分からない人が、ここで聞けるようにする」

 

 涼は電器店を見た。

 

「店を持たない店」

 

「どういう意味?」

 

 志保が聞く。

 

「商品を売る店じゃなくて、商店街全体の商品を案内する店」

 

 それは、今までの発想とは少し違った。

 

 100円ショップの店舗を増やすのではない。

 

 商店街そのものを、一つの店として考える。

 

 そのためには、入口だけでは足りない。

 

 商店街の中にも案内する場所が必要だった。

 

 電器店の店主に話をすると、意外にもすぐ了承してくれた。

 

「暇だからね」

 

 店主は笑った。

 

「人と話すほうが楽しいよ」

 

 翌週から、電器店の前に小さな案内板が置かれた。

 

「商店街のお買い物案内」

 

 欲しい商品を言えば、どの店にあるのか教えてくれる。

 

 歩くのが難しければ、一番近い店を案内する。

 

 何軒か回る必要があれば、順番を考えてくれる。

 

 スマートフォンを持っていない人には、紙に書いて渡す。

 

 それだけだった。

 

 けれど、利用する人は少なくなかった。

 

 ある日、一人の女性が来た。

 

「孫に頼まれたんだけど」

 

 手に紙を持っている。

 

「何をお探しですか?」

 

 店主が紙を見る。

 

「学校で使うもの」

 

 店主が頷いた。

 

「ノートと、赤いペンと、透明な袋」

 

「それなら三軒ですね」

 

 店主は商店街の地図を出した。

 

「まず文房具。その次に日用品。最後に収納用品」

 

 女性は頷いた。

 

「これなら分かる」

 

 そして商店街へ歩いていった。

 

 涼はその様子を少し離れたところから見ていた。

 

 最初に百円ショップを商店街へ分散させようと考えたとき、涼は商品をどう配置するかばかり考えていた。

 

 今は違う。

 

 商店街で何を買えるか。

 

 どう歩くか。

 

 誰に聞けばいいか。

 

 どこで休めるか。

 

 それら全部が一つの店の機能になっている。

 

 商店街が、少しずつ本当に一つの店になり始めていた。

 

 十一月に入ると、数字がさらに動いた。

 

 前年同期比一二・六パーセント。

 

 目標の一五パーセントまで、あと二・四ポイント。

 

 会議室で井上が発表すると、田島が笑った。

 

「あと少しじゃん」

 

「まだ三か月ある」

 

 加藤が言う。

 

「逆に言えば、ここからが難しい」

 

 冴も頷いた。

 

「伸びている数字ほど、さらに伸ばすのは難しくなる」

 

 涼はグラフを見ていた。

 

 数字は上がっている。

 

 しかし、その上がり方が鈍くなっている。

 

 これまでの方法だけでは、一五パーセントには届かない。

 

 何かもう一つ必要だった。

 

 その日の夕方、商店街の会長がプロジェクトチームを集めた。

 

「ちょっと相談がある」

 

 六人が集会所へ行くと、会長の隣に見知らぬ女性が座っていた。

 

 三十代くらい。

 

 商店街の人間ではない。

 

「この人、うちの商店街に店を出したいそうだ」

 

 会長が言った。

 

 涼たちは顔を見合わせた。

 

「どんなお店ですか?」

 

 志保が聞いた。

 

 女性は少し緊張した様子で答えた。

 

「まだ決めていません」

 

「決めてない?」

 

「はい」

 

 女性は笑った。

 

「でも、この商店街なら、何かできる気がして」

 

 涼はその言葉を聞いて、少し驚いた。

 

 空き店舗を埋めるために、こちらから人を探していた。

 

 今は逆に、向こうから来ようとしている。

 

「以前から、この商店街を知っていたんですか?」

 

 冴が聞いた。

 

「子どもの頃に住んでいました」

 

 女性は商店街を見渡した。

 

「結婚して外へ出ましたけど、最近戻ってきたんです」

 

「それで?」

 

「前より、人が歩いているので」

 

 女性は笑った。

 

「ちょっと、気になって」

 

 会長が涼たちを見る。

 

「これ、あんたたちの仕事だろ」

 

 涼は何も言えなかった。

 

 再生の数字を追ってきた。

 

 空き店舗を埋めることを考えてきた。

 

 しかし今、数字とは別のところで、一人の人間がこの商店街に戻ろうとしている。

 

 それは、プロジェクトが始まって以来、初めての出来事だった。

 

 加藤が女性に尋ねた。

 

「どんな店を考えていますか?」

 

「それを、皆さんと一緒に考えたいんです」

 

 会議室の空気が変わった。

 

 六人は顔を見合わせた。

 

 100円ショップの商品を置く。

 

 人を歩かせる。

 

 既存店舗へつなぐ。

 

 売上を上げる。

 

 それだけだったはずのプロジェクトが、いつの間にか別の段階へ進み始めていた。

 

 商店街の外から、人が入ってくる。

 

 そして今度は、その人が自分の店を作ろうとしている。

 

 涼は地図を広げた。

 

 まだ一軒、空いている店舗がある。

 

 そこは、最初から使わないと決めていた場所だった。

 

 駅から遠く、入口からも見えにくい。

 

 だから売れない。

 

 そう考えていた。

 

 しかし、その女性の話を聞いたあと、涼はその店舗を見に行くことにした。

 

 冴もついてきた。

 

 シャッターを開けると、埃っぽい空気が流れ出した。

 

 何もない。

 

 床も壁も古い。

 

 だが、奥に小さな窓がある。

 

 そこから商店街の裏側が見えた。

 

「ここ、悪くないかも」

 

 冴が言った。

 

「俺もそう思う」

 

 二人はしばらく黙っていた。

 

 そのとき、冴が言った。

 

「ねえ、涼」

 

「何?」

 

「もし一年後、この商店街が残ったら」

 

 涼は冴を見る。

 

「そのとき、私たちはどうするんだろうね」

 

 涼は答えられなかった。

 

 一年後。

 

 その言葉を聞いた瞬間、商店街のことだけではなくなった。

 

 このプロジェクトが終われば、六人は元の部署へ戻る。

 

 冴も、自分も。

 

 また別々の仕事になる。

 

 そう考えると、今まで考えないようにしていたものが、急に近くに感じられた。

 

「まだ三か月あるよ」

 

 涼はそう言った。

 

「うん」

 

 冴は笑った。

 

「そうだね」

 

 シャッターの外では、商店街を歩く人の声がしていた。

 

 半年。

 

 その時間が長いのか短いのか、涼にはもう分からなかった。