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連載 小説.       『 京都テクノリンク 』      連載  7回目

 

第十五章 フィールドリンク

 

 学生たちは事故のあとも、街の情報を町家へ送り続けていた。

 

 道が混む時刻、工事で通れない路地、雨の日だけ遅れるバス。それに交じって、頼んでいない報告が増えた。

 

〈電話が鳴るたび、和菓子店の奥で機械の音が止まる〉

 

〈外国人の二人連れが、料理店の献立を見て、戸を開けずに帰った〉

 

〈新しい機械を入れた工房で、年配の職人が若い人へ使い方を聞いていた。二人とも笑っていた〉

 

 山下は三つ目の報告を読み直した。

 

「悪いところやのうて、うまいこといってるところを見つけたんか」

 

「はい。前は、若い職人がすぐ辞める工房やったそうです」

 

 高瀬が答えた。

 

「何で、変わった」

 

「そこまでは分かりません。聞きに行ってもええですか」

 

「会社の中へ、勝手に入ったらあかんで」

 

「分かってます。何を聞くか、先に決めたいんです」

 

 水野沙耶が一枚の紙を出した。

 

「私ら、悪いところを探す調査やったら、会社の人も嫌やと思うんです。うまくいってることを見つけて、どうしてできたか教えてもらうんやったら、話してくれる人がおるんと違いますか」

 

 山下は佳織からの連絡を思い出した。

 

 学生の目を、道だけに使うのはもったいない。

 

「名前、変えよか」

 

「学生ネットワークですか」

 

「学生やなくなったら、終わる名前や。君らが見つけた現場と、次の会社をつなぐ。フィールドリンク、いうのはどうや」

 

 高瀬は紙へ書いた。

 

「ちょっと格好よすぎません?」

 

「名前ぐらい、格好つけさせてくれ」

 

「山下さんが考えたんですか」

 

「いま、考えた」

 

「ほな、みんなにも聞きます」

 

「代表の立場は?」

 

「多数決の一票です」

 

 翌週、学生たちは〈フィールドリンク〉と書いた紙を持ってきた。

 

 下に、小さく説明が添えられている。

 

 ――うまくいっている現場を見つけ、次の現場へつなぐ。

 

「これやったら、何するか分かるな」

 

 山下が言うと、高瀬は首を振った。

 

「まだです。見つけたあと、京都テクノリンクが何するか分かりません」

 

「痛いとこ突くな」

 

 宏が紙を受け取った。

 

「学生が見つけた会社へ、僕が行きます。機械が入ってるだけやのうて、ほんまに仕事が良うなったかを見る。働いてる人にも聞く」

 

「それを、ほかの会社へ紹介するんですか」

 

「同じ機械を勧めるとは限りません。何でうまくいったかを持ち帰ります」

 

 真由美は、調査へ協力してくれた会社にも金を戻すべきだと言った。

 

「会社の中を見せて、失敗した話までしてもらうんです。紹介料をうちだけが取ったら、次は話してもらえません」

 

「学生には?」

 

「見つけた数では払いません。数を競ったら、何でも成功にしてしまいます。話を聞くところまで進んだ案件は、チームへ調査協力費を払います」

 

「めんどくさい仕組みやな」

 

「長う続ける仕組みです」

 

 事故から三か月が過ぎ、京都の朝夕にようやく秋の気配が混じり始めたころ、佳織が町家へ戻った。

 

 退院したその足で、佳織は宏の借りた黒いワゴン車に乗り、町家へ来た。赤いポルシェより乗り降りしやすいというだけで、佳織は車を気に入らなかった。

 

「格好悪い車やな」

 

「乗りやすいです」

 

「それが腹立つ」

 

 町家では、学生たちが待っていた。

 

 拍手をしかけた高瀬を、佳織がにらんだ。

 

「見世物やないで」

 

「すみません」

 

「そやけど、祝いは受け取る」

 

 沙耶が、小さな植木鉢を差し出した。

 

「病室で花は見飽きはったと思って」

 

「枯らしたら、あんたらの責任やで」

 

「佳織さんが水やるんです」

 

「うちの責任やん」

 

 笑い声が古い梁へ上がった。

 

 佳織はフィールドリンクの説明を最後まで聞いた。

 

「うちが寝てる間に、ええこと考えたやん」

 

 山下が胸を張った。

 

「誰が?」

 

「俺が」

 

「名前だけでしょう」

 

 高瀬が言う。

 

「学生に、代表を立ててもらえへん」

 

 佳織は、机に並んだ二組の名刺を見た。

 

「困ってる会社と、もう困ってへん会社をつなぐ。そやけど、うまいこといった話だけ聞いたらあかんで」

 

「何でです?」

 

「人は、人に見せるとき、失敗したとこだけきれいに隠すから」

 

「ほな、どうする」

 

「失敗した話までしてもええと思われる付き合いをする」

 

 山下が笑った。

 

「それが、いちばん難しいんや」

 

「やっと分かった?」

 

 佳織は椅子へ深く座った。

 

 声は事故の前より細い。

 

 それでも、町家の空気は久しぶりに動いていた。

 

第十六章 うまくいった理由

 

 フィールドリンクが最初に見つけたのは、南区の小さな金属加工会社だった。

 

 三年前まで、若い社員が一年も続かなかった。いまは二十代の社員が四人おり、古い機械と新しい測定器を一緒に使っている。

 

 社長は、見学を頼む山下へ言った。

 

「うち、成功した会社やありませんで」

 

「学生は、うまいこといってると言うてます」

 

「学生さんは、外から見るよって」

 

「そやから、中を見せてほしいんです」

 

「失敗した話も?」

 

「そっちのほうが、高う買います」

 

 社長は笑った。

 

「失敗に値段つける会社、初めてや」

 

 宏は二日間、工場へ入った。

 

 新しい測定器より、古い旋盤の横に置かれた小さな白板が気になった。職人が気づいたことを書き、若い社員が質問を書き足している。

 

「これを置いてから、若い人が続くようになったんですか」

 

 社長は首を振った。

 

「反対です。若い子が、置いたんです」

 

 以前は分からないことがあるたび、親方を探した。親方は自分の機械を止め、若い社員のところへ行く。同じ質問をされると、声が荒くなる。若い社員は尋ねることをやめ、失敗して、辞めた。

 

 最後に残った一人が、質問を白板へ書いた。親方は手が空いたときに答えた。別の職人も書き足した。

 

「新しい測定器が良かったんやないんですか」

 

「あれも要りました。そやけど、測定器を入れた最初の年は、二人辞めてます」

 

 宏は、機械の導入実績だけを調べていたら、違う答えを持ち帰るところだった。

 

「何で、白板のこと、外へ出してへんのです」

 

「こんなもん、恥ずかしいやろ。親方と若い子が話もでけへんかったいう証拠や」

 

「その恥ずかしい話を、買わせてください」

 

 社長は宏の顔を見た。

 

「ほんまに金取るんやな」

 

「取ります。御社にも払います」

 

「ほな、もうちょっと格好ええ話にしよか」

 

「格好悪いままでお願いします」

 

 同じころ、西陣の帯地問屋では、若い社員が続かないことに悩んでいた。

 

 山下は、南区の会社をすぐには紹介しなかった。

 

「若い者が辞める理由、何やと思わはります」

 

「根気がないんでしょう」

 

「それだけやったら、うちの仕事はありません」

 

 主人は不機嫌な顔をした。

 

「仕事取りに来て、仕事ない言いますか」

 

「要らんもん売るより、ましです」

 

 山下は店の奥を見た。

 

 若い社員が帳面を抱え、階段を上がっていく。その少しあとを、別の社員が追った。

 

「あの人、何しに上がらはったんです」

 

「在庫見に行ったんでしょう」

 

「一日、何回ぐらい?」

 

「昔からのことです。数えたことありません」

 

「ほな、それを数えさせてください。それでも若い人の根気の話やったら、南区の会社は紹介しません」

 

「何でです」

 

「向こうは、根気をつける方法を売ってるんやありません。質問しても仕事が止まらん方法を教えてくれる会社です」

 

 主人は、階段を上がる社員を見た。

 

「三日だけやで」

 

「三日分は、いただきます」

 

「ちゃっかりしてるな」

 

「続けなあきませんよって」

 

 三日で、社員は百八十六回、階段を上がった。そのうち四十二回は、在庫がないことを確かめるためだった。

 

 宏は数字を主人へ見せたあと、若い社員の携帯電話を見せてもらった。商品札の写真が何百枚も入っている。社員は、次に同じことを尋ねられたとき、階段を上がらなくて済むよう、自分だけの在庫表を作っていた。

 

「何で、私に言わへんかった」

 

「写真で在庫見るなんて、あかん言わはると思て」

 

 主人は返事をしなかった。

 

 南区の会社から買ったのは、白板そのものではない。

 

 若い社員が始めた工夫を、古い社員の顔を潰さず、会社の正式なやり方へ変えるまでの手順だった。

 

 問屋では、携帯電話の写真を事務所でも見られるようにした。古い帳面は捨てず、色名と取引先の呼び方を残したまま、新しい情報を横へ加えた。

 

 一月後、主人は宏を倉庫へ呼んだ。

 

「この子が、客に自分で返事するようになりました。私に聞かんでも、あるかないか分かるよって」

 

「前は、ここまで来はりませんでしたね」

 

「来られへんかったんや。二階から呼ばれて、ない品物探してる間に一日終わってた」

 

 主人は、若い社員と帯地の箱を閉めた。

 

「忙しいのは、商売してる証拠やと思てました。ようけ動いてるだけで、仕事してへん時間があったんですな」

 

 南区の社長を招いた報告会で、主人はその話をした。

 

「うちの白板が、えらい立派になりましたな」

 

「白板は入れてません」

 

「ほな、何を買わはったんです」

 

 問屋の主人は少し考えた。

 

「若い子のしてることを、あかんと言う前に見るやり方ですかな」

 

「そんなええもん、うちにありましたか」

 

「あったことにしといてください。高い金、払いましたよって」

 

 二人は笑った。

 

 京都テクノリンクには、現場調査の費用、やり方を移すための設計料、導入後の支援料が入った。南区の会社にも、ノウハウ協力費が支払われた。フィールドリンクの学生には、次の調査へ使う協力費が戻された。

 

 誰か一人だけが得をする紹介ではなかった。

 

 うまくいった経験が、次の会社で別の形になり、また新しい経験を生んだ。