この作品は盗用禁止です。

AIに登録してネット監視していますので、ご注意ください。

 

 

『 一人分の幅 』

 

第十三章 名前のある仕事

 

催しの翌週、

 

「つづき」

 

の三人は、預かった十一件のうち九件を仕上げた。

 

残る二件は、布が弱く、希望された形へ直せなかった。河合は依頼した二人へ連絡し、直せない理由を説明する。一人はそのまま返してほしいと言い、もう一人は別の部分を使って小さな袋にできないかと尋ねた。

 

三人は、すぐには答えなかった。

 

服を広げ、使える布を測り、翌日もう一度連絡する。

 

京子へ電話はしなかった。

 

二日後、河合が

 

「余計なお世話」

 

へ来た。

 

「袋にすることになりました」

 

「決められた?」

 

「はい。小川が形を三つ作って、佐伯が布の傷みを見ました。私は、お客さんに選んでもらいました」

 

「よかったね」

 

「それだけですか」

 

「相談に来たの?」

 

「報告です」

 

「なら、聞きました」

 

河合は少し物足りなさそうだった。店を出るころには、顔が明るくなっていた。

 

催しの報告会では、相談件数や売上だけでなく、できなかったことも挙げられた。

 

時計店が直せず専門店を紹介した時計。

 

衣料品店が預からなかった制服。

 

「つづき」

 

が中止した布包み。

 

京子が預からず、その場で相談だけしたイヤリング。

 

「できなかったことまで、報告に入れるのか」

 

塚口が言う。

 

「次に同じものが来たとき、最初から説明しなくて済みます」

 

冨永が答える。

 

「市役所は、できんかったことを残すのが好きだな」

 

「できたことも残します」

 

「ホットケーキ二十六枚」

 

「それも、商店街の記録には入っています」

 

「市のには?」

 

「相談件数とは別です」

 

「相変わらず融通が利かんな」

 

塚口は文句を言いながら、報告書の数字を指で確かめている。

 

次回の開催について、冨永は尋ねなかった。

 

河合が自分から口を開く。

 

「春にも、もう一度やりたいです」

 

「今度は雨の入らない季節にしろ」

 

時計店主が言う。

 

「春でも雨は降ります」

 

佐伯が答える。

 

「では、最初から雨の場所を決めておきます」

 

河合が続けた。

 

種井は二階をもう一度貸すと言い、幸子は布包みを今度こそ店先でやりたいと言った。

 

京子は聞いている。

 

「京ちゃん、次も全体を見てくれるか」

 

塚口が尋ねた。

 

「見ません」

 

「どうして」

 

「もう一度できる人が、ここにいるでしょう」

 

京子は河合たちを見る。

 

三人はすぐには喜ばなかった。互いの顔を見て、それから資料へ目を戻した。

 

「困ったときは相談してもいいですか」

 

河合が尋ねる。

 

「何に困っているか決めてからなら」

 

「お金は?」

 

「仕事なら、見積もります」

 

「そこは変わらないんですね」

 

「変える理由がないから」

 

次回の催しは、商店街が主体となって春に開くことになった。

 

市はウェブサイトへ日程を載せる。広報誌の特集は組まない。案内図は

 

「つづき」

 

が作り、参加店への聞き取りは衣料品店主と幸子が回る。

 

冨永と京子が共同で作る仕事は、そこで終わった。

 

翌月、市の広報誌に

 

「まだ使えますか」

 

の記事が載った。

 

雨の日の商店街が写っている。

 

看板を軒下へ移す人。時計を見せる客。服を広げる手。黄色い椅子に貼られた

 

「足元にご注意ください」

 

の紙も、写真の隅に入っていた。

 

記事には、冨永の名前も京子の名前もない。

 

参加した店と、

 

「つづき」

 

の名だけがある。

 

最後に、小さく書かれていた。

 

次回は、商店街が主体となって、春の開催を検討しています。

 

京子は広報誌を店の棚へ置いた。

 

記事を読んだ。

 

自分の名前はない。

冨永の名前もない。

 

それでよかった。

 

それなのに、最後まで読んだあと、京子はもう一度最初のページを開いた。

 

冨永が書いた文章だと、どこかで分かる。

 

言葉の選び方に、あの人の癖がある。

少しだけ固い。

でも、人のことを勝手に決めつけない。

 

読み終えると、京子は笑った。

 

「やっぱり、こう書くんだ」

 

会いたい、と思った。

 

仕事の相談があるわけではない。

聞きたいこともない。

 

ただ、この記事を読んだことを、本人に言いたかった。

 

それだけだった。

 

電話を取ろうとして、手を止める。

 

何と言うのだろう。

 

「記事、読みました」

 

それだけでは、あまりに用事らしい。

 

京子は電話を戻した。

 

代わりに、広報誌をもう一度棚へ置く。

 

会う理由がなくても、会いたいと思う。

 

その気持ちを、まだ自分の中だけに置いておくことにした。

 

塚口は記事を切り抜き、喫茶店の壁へ貼った。ホットケーキ二十六枚について書かれていないと文句を言いながら、客へ何度も見せている。

 

種井は、写真の隅に自分の椅子が写っていることを誰にも言わない。催しのあと、残る三脚も直していた。

 

河合たちは、次の出張相談を三件だけ、自分たちのページで受け付けた。

 

十二月の初め、冨永は冬の防火活動の取材で堀川西商店街を訪れた。

 

担当は組合長である。

 

打ち合わせを終えて駅へ戻る途中、

 

「余計なお世話」

 

の案内板が見えた。

 

京子は店の外で、黒板の文字を書き直している。

 

冨永に気づいた。

 

「こんにちは」

 

「こんにちは」

 

以前なら、立ち止まる理由がないことを確かめたかもしれない。

 

今日は、冨永が先に足を止めた。

 

「春も開くそうですね」

 

「今度は河合さんたちが中心です」

 

「案内図も?」

 

「昨日、最初の案を見せに来ました」

 

「どうでした?」

 

「道が一本抜けてました」

 

「それは困りますね」

 

「自分たちで気づきました」

 

「なら、大丈夫ですね」

 

「たぶん」

 

二人は笑う。

 

挨拶のあと、二人は少し話した。

 

「冨永さんは、今日は?」

 

「防火活動の取材です」

 

「塚口さん、避難口の前に箱を置いてますよ」

 

「見てきます」

 

「余計なお世話でした」

 

「助かります」

 

冨永は喫茶店へ戻る。

 

京子は黒板の続きを書く。

 

二人は、それぞれの仕事へ戻った。