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『 一人分の幅 』

 

第十一章 言ったあとの仕事

 

翌日の午後四時、京子は七枚の案内を作業台へ並べていた。

 

仕事のために並べた紙だった。

 

それなのに、時計を見る回数が、いつもより多い。

 

四時まであと八分。

 

戸の外で足音がすると、顔が上がる。

 

違う人だった。

 

また紙へ戻る。

 

次の音。

 

違う。

 

三度目の鈴で、京子は自分でも可笑しくなった。

 

「何やってるんだろう、私」

 

小さく言ったところで、格子戸が鳴った。

 

格子戸の鈴が鳴る。

 

「こんにちは」

 

冨永が入ってくる。約束の五分前である。

 

京子は顔を上げた。

 

それだけで、胸の奥が少し明るくなる。

 

「早いですね」

 

「外で待ちましょうか」

 

「五分なら誤差です」

 

「市役所としては?」

 

「個人の店としては」

 

二人は少し笑った。

 

京子は冨永の持っている紙を見た。

 

「ちゃんと聞いてきました?」

 

「昨日、言われたでしょう」

 

「言ったことを覚えているとは思ってました」

 

「忘れたこともあります」

 

「ありますね」

 

二人とも、そこでまた笑った。

 

「『つづき』の予約先、三人に聞きました」

 

冨永が印刷した紙を出す。

 

予約用のコードと電話番号をどこへ置くか。完成までの日数と、思い出の服も相談できることを、どちらも残せるか。

 

二人は一枚の紙を挟んだ。京子が枠を動かし、冨永が文章へ線を引く。河合たちへ電話をかけ、店名を少し小さくする代わりに三人の名前を残すことを決めた。

 

考えることも、確かめる順番も、昨日までと同じだった。

 

京子が枠を動かせば、冨永が文章を読み直す。冨永が言葉を削れば、京子が紙を少し回す。

 

どちらからともなく同じところへ手が伸びる。

 

「そこ、残します?」

 

「残しましょう」

 

以前なら、京子は一つずつ口にしていた。冨永も確認してから紙を直した。

 

今は、紙を回すだけで済むところが増えている。

 

七枚を整え終えたのは、六時を少し過ぎた頃である。

 

「これで、今度こそ二人でする仕事は終わりですね」

 

京子が封筒の口を閉じる。

 

「前日の確認があります」

 

「それは、みんなでする仕事でしょう」

 

「そうですね」

 

「残念です」

 

冨永が言った。

 

「私も」

 

京子は封筒を渡す。

 

「でも、仕事を作らないでくださいね」

 

「広報課に、そんな権限はありません」

 

「そういう答えが返ってくると思った」

 

「長谷部さんも、催しを増やさないでください」

 

「それは商店街に言って」

 

二人は笑った。

 

冨永は封筒を鞄へ入れ、店を出た。京子は見送るために外へは出なかった。

 

好きだと言った。

冨永も同じ言葉を返した。

 

それでも、格子戸の内側にある作業台も、途中だったネックレスも、昨日までと変わらない。

 

京子はネックレスを手に取った。

 

催しの前日、元洋品店には参加店の人たちが集まった。

 

完成した案内が長机に並んでいる。時計店は濃紺、衣料品店は深い赤、喫茶店は茶色。

 

「つづき」

 

は青と緑。

 

「余計なお世話」

 

は白地に黒。

 

上の一行だけが同じ位置にある。

 

まだ使えますか。

 

その下には、店ごとにできることと、できないことが書かれていた。

 

「俺のところだけ、できないことが大きくないか」

 

時計店主が言う。

 

「柱時計を持って来られたくないんでしょう」

 

京子が答える。

 

「来るなとは言ってない」

 

「持ってきても直せない」

 

「見ることはできる」

 

「重いですよ」

 

時計店主は案内を読み直した。

 

「写真なら見る、を足せんか」

 

「できます?」

 

「写真を見るくらいなら」

 

冨永が余白を測る。

 

「一行なら入ります」

 

「では入れて」

 

時計店主は自分で鉛筆を取り、案内の端へ書いた。

 

以前なら、京子へ言葉を作らせたかもしれない。今日は、

 

「柱時計は写真でご相談ください」

 

と自分で書いている。

 

隣では、

 

「つづき」

 

の三人が予約表を確かめていた。

 

「午前中に六人、午後に七人」

 

小川が言う。

 

「多すぎない?」

 

佐伯が尋ねる。

 

「来た人も見られるでしょう」

 

「予約だけで十三人だよ」

 

河合は二人の顔を交互に見る。

 

「当日の受け付けは、三人までにしよう」

 

「せっかく来た人を断るの?」

 

「相談だけなら聞く。でも、預かるのは三人まで」

 

「誰が決めたの」

 

京子が聞いた。

 

「今、三人で」

 

河合が答える。

 

「なら、それでいい」

 

「直すところ、ありませんか」

 

「私が決めたら、三人で話した意味がないでしょう」

 

「そうですけど」

 

河合はまだ不安そうだった。

 

冨永が予約表を見る。

 

「当日分三人、と入口に書いてください。それを見て待つかどうかは、お客さんが決められます」

 

「書きます」

 

佐伯が紙を一枚出した。

 

小川が太いペンを持ち、河合が置く場所を決める。

 

三人だけで作業が進んだ。

 

京子は冨永の隣に立っている。

 

「前より早くなりましたね」

 

冨永が小声で言う。

 

「言うことがなくなると、少し寂しいけど」

 

「仕事は成功です」

 

「市役所ですね」

 

「店の相談役としても、そうでしょう」

 

「そうですね」

 

二人は同じ方を見た。

 

少し前なら、京子が先に口を出し、冨永が確認してから紙を直していた。

 

今は、河合たちが自分で決める。

 

仕事の仕方が変わっただけだった。

 

最終確認が終わったのは、午後七時前だった。

 

店主たちが案内を持って、それぞれの店へ戻っていく。

 

「つづき」

 

の三人は、予約表と預かり票を箱へ入れた。

 

河合が入口で振り返る。

 

「明日、雨は大丈夫でしょうか」

 

「降水確率二十パーセントです」

 

冨永が答える。

 

「二十なら降らないですよね」

 

「二十回に四回は降ります」

 

「そう言われると多いですね」

 

「看板の透明ケースだけ、用意しましょう」

 

京子が言う。

 

「雨が降らなくても使えるから」

 

三人は頷いた。

 

最後に残った冨永と京子は、長机を壁へ寄せた。

 

「明日は、九時に来ます」

 

冨永が言う。

 

「私は八時半」

 

「早いですね」

 

「自分の店も開けるから」

 

「では、明日」

 

「はい。明日」

 

二人は別々の方向へ帰った。

 

会う理由を作ったのではない。

 

明日も、二人には仕事がある。