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『 一人分の幅 』
第八章 借りるのは場所だけ
次の会合までの二週間、河合たちは商店街の店を一軒ずつ回った。
月に一度か二度、服の相談を受ける場所を貸してもらえないか。
必要な広さは、二人が向かい合って座れる程度。持参した服を広げる台があり、できれば鏡もほしい。相談は一件三十分。予約制にする。
最初に訪ねたのは、塚口の喫茶店だった。
「空いとる席なら使えばいい」
塚口は答えた。
「無料で、ですか」
「珈琲を一杯頼めばいい」
「お客さんが?」
「お前らもだ」
「一件ごとに?」
「一件ごとだ」
河合は手帳へ書いた。
相談者一名と
「つづき」
一名。二杯分の飲み物代。
「服を広げてもいいですか」
「食べ物の上で広げるなよ」
「テーブルの上です」
「ホットケーキを出したあとなら」
「相談中に注文が来たら?」
「端へ寄せる」
条件を書き出してみると、話は思ったほど簡単ではない。
幸子のクレープ店には二人で座れる場所がなく、種井のラーメン店は匂いがつく。二階の物置なら空いていたが、階段は急で、鏡も照明もない。
衣料品店の試着室や、地域の和室にも尋ねた。場所だけなら、いくつかある。けれど鍵や掃除、荷物を持って上がれるかまで考えると、七軒のうち使えそうなのは三か所だった。
河合は、その結果を京子へ見せた。
「よく聞けたね」
京子は手帳を最初から読む。
「長谷部さんに言われた通り、私たちで回りました」
「私は、回れとは言ってないよ」
「場所を貸す側の条件を確認しろって、市役所から言われたので」
「じゃあ、市役所に言われた通りだ」
京子は塚口の店の欄で手を止めた。
「相談する人に、必ず珈琲を頼ませるの?」
「塚口さんは、そう言ってます」
「服を持って相談に来たのに、飲み物まで頼まないといけないのは面倒だね」
「場所代だと思えば」
「そう思う人と、思わない人がいる」
種井の店の二階には、鏡を持ち込むと書いてある。
「毎回?」
河合の鉛筆が止まった。
京子は手帳を返した。
「場所を借りるたびに、その店を一から作るやり方では続かないよ」
「じゃあ、どうしたら」
「何を持っていくか、同じにする。鏡が必要な相談は、鏡のある場所の日に予約する。服を見るだけなら、喫茶店でもできる」
「じゃあ、場所によって相談の内容を分けるんですか?」
「どの場所でも同じことをしようとするから、荷物が増えるんでしょう」
三人は手帳の余白へ、新しい欄を作った。
できる相談。
できない相談。
運ぶもの。
置いてあるもの。
「次の会合、長谷部さんも出てもらえませんか」
河合が言った。
「組合の会合でしょう」
「今度は、『つづき』の終了後について話す会です。私たちの助言者として来てもらえるか、市役所に聞きます」
「私が行くと、私の案みたいに見えるよ」
「案を出してもらったのは本当です」
「決めるのは、あなたたちだよ」
「だから、一緒に来てほしいんです」
京子は三人を見る。
最初に店へ来たころは、何か困るたびに答えを求める顔をしていた。今は、使える場所と使えない理由を自分たちで書き、京子の意見にまで条件をつけようとしている。
「依頼書を作って」
「会議に出るだけでも?」
「店を閉めて行くから」
「わかりました」
会合の三日前、河合から市役所へ連絡が入った。
終了後の相談日の計画について、長谷部京子を助言者として同席させたい。
冨永は産業振興課へ確認し、出席者名簿に京子の名を加えた。
「市から依頼するんですか」
産業振興課の職員が尋ねる。
「『つづき』からの依頼です。報酬も三人が支払います」
「そこまで必要ですか」
「店を休んで出席するそうです」
「商店街のための話でもあるでしょう」
「だから無償でいい、とはなりません」
職員は出席者名簿の横へ、民間助言者、と書いた。
冨永はその文字を見る。
「『つづき』助言者、にしてください」
「何が違うんですか」
「誰の立場で話す人かがわかります」
職員は書き直した。
会合は午後四時から、元洋品店の二階で始まった。
前回と同じ長机に、商店街の店主、
「つづき」
の三人、市役所の二人が座っている。
京子は三人の隣に席を取った。
冨永とは、コの字の机を挟んで斜め向かいになる。
会議が始まる前、二人は一度だけ頭を下げた。
冨永は市の案を配った。
短期活用事業が終了したあと、三か月間、月二回まで、商店街の中で相談日を設ける。場所は商店街と
「つづき」
が話し合って決める。市は広報と予約先の案内を行う。
利用する場所の費用、商品の受け渡し、売上金の管理は
「つづき」
が担う。
事故や破損については、場所を貸す側と事前に確認する。
種井が一枚目を読み終え、すぐに尋ねた。
「市は金を出さないのか」
「現時点では、場所代を助成する制度がありません」
「宣伝だけ?」
「日程と場所の掲載、案内物の作成、予約ページへの掲載を予定しています」
「また、客を集めすぎるんじゃないだろうな」
冨永は種井を見る。
「予約できる件数は、『つづき』が決めます」
「それならいい」
前に注文を止めたことを、種井も覚えている。
河合が調査した三か所を説明した。
塚口の喫茶店では、飲み物を注文すること。衣料品店の試着室は、店が休みの火曜日だけ。種井の店の二階は、掃除と照明の準備が必要である。
「うちの二階、使うのか」
種井が尋ねる。
「鏡のいらない相談なら」
「わざわざ二階まで上がって、鏡もないのか」
「服の状態を見るだけならできます」
「下で見ればいいだろ」
「匂いがつくって言ったの、種井さんでしょう」
幸子が横から言う。
「相談の日だけ、二階でラーメン出すか」
「余計に匂いがつくよ」
笑いが起きる。
京子は口を挟まず、三人が説明するのを聞いている。
冨永も、資料の順に進める。
「市の予約ページで、相談者の名前、連絡先、持参する品を入力してもらいます。情報は『つづき』にも共有します」
京子が顔を上げた。
「場所を貸す店にも、名前を渡すんですか」
「予約者の確認が必要ですので」
「誰が来るかだけなら、人数と時間でいいんじゃないですか」
「鍵を開ける店が、予約者を確認します」
「服の相談に来る人の名前を、場所を貸すだけの店が持つ必要あります?」
冨永は資料の該当箇所を見る。
「店側が受付も行う想定でした」
「それだと、場所だけじゃなく、人も借りることになる」
塚口が京子を見る。
「来た人に、席を教えるくらいはするぞ」
「それは叔父さんならね。毎回、どの店もできるとは限らないでしょう」
河合が手帳を開く。
「私たちが開始の十五分前に行って、受付をします」
「鍵は?」
「店の人に開けてもらいます。でも、予約者の名前は私たちだけが持つ」
冨永は資料へ線を引いた。
「では、場所を貸す店には、予約件数と利用時間だけを共有します。受付は『つづき』が行う」
「その方がいいと思います」
京子はそれ以上続けない。
会議は次の項目へ進んだ。
商品の受け渡しでは、幸子が店で預かると言い、種井が紛失時の責任を尋ねた。二人の言葉がぶつかったあと、京子が資料の余白を指した。
「相談日を受け渡しの日にもする。急ぐ人には送る。店には預けない」
冨永はその通り書き換えた。支払いにも店のレジは使わない。場所を借りることと、店の仕事を借りることは、はっきり分けられた。
一時間半のあいだに、最初の案はいくつも書き換えられた。場所を貸す店が引き受けるのは、部屋と設備まで。
「つづき」
は受付から品物の管理までを持ち、市は日程と場所を案内する。
最後の一文を冨永が読み上げると、種井がうなずいた。
「そこ、大きく書いとけ」
「掲載する件数は、毎回『つづき』に確認します」
「前にも聞いた」
「何度でも確認します」
種井は腕を組み直した。
「ならいい」
次回の相談日は、塚口の喫茶店で行うことになった。
午後二時から四時まで。予約は四件。客席の一番奥に、白い布を敷いたテーブルを一つ用意する。
服を身体へ合わせる相談は受けない。持ち込まれた品の状態と、作り替えられるものを話す日にする。
会合が終わり、店主たちが階段を下りていく。
河合たちは、京子へ依頼書の確認を求めている。産業振興課の職員は、修正した条件をいつまでに出すか、冨永と話している。
全員が帰ったあと、長机の上には紙が何枚も残った。
消した線。
書き足した文字。
丸で囲まれた時間。
京子は自分の資料を鞄へ入れ、椅子を戻す。
冨永は、商店街へ返す長机を畳もうとしている。片側の脚が固く、金具を押しても動かない。
「そこ、逆です」
京子が言う。
「逆?」
「押すんじゃなくて、少し持ち上げてから」
冨永が天板を上げると、金具が外れた。
「知ってたんですか」
「さっき種井さんが畳んでるのを見てました」
二人で机を壁へ立てかける。
窓の外では、商店街の照明が点いている。会議が始まったときより、通りを歩く人は少ない。
「今日は、ありがとうございました」
冨永が言う。
「依頼された仕事です」
「個人情報のところは、見落としていました」
「私は、場所ごとにできることを分けるのが遅かったです」
「三人が回ったから、わかったんでしょう」
「そちらも、制度を調べたから使えないものがわかったんでしょう」
言葉がそこで切れた。
冨永は残った資料を重ねる。
「元の案、ほとんど残ってませんね」
「使えるところは残ってます」
「どこですか」
「月二回」
冨永は紙を見た。
最初に書いた案から残っているのは、確かにその程度だった。
「それなら、作り直した方が早かったですね」
「作り直したんでしょう。会議で」
京子は鞄を肩へ掛けた。
階段を下りると、河合たちはすでに帰っている。塚口の喫茶店も、入口の灯りだけになっていた。
二人は店の前で立ち止まる。
冨永は駅の方へ、京子は脇道の店へ戻る。
「次は、いつですか」
京子が尋ねた。
「市と産業振興課で条件を確認してからです。長谷部さんに出ていただくかは、『つづき』が決めます」
「わかりました」
「こちらから直接、お願いすることはありません」
「その方がいいと思います」
京子は脇道へ入り、冨永は駅へ向かった。
