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『 一人分の幅 』

 

第五章 名前のない仕事

 

「つづき」の三人が京子の店へ来たのは、選考結果が出た翌日の午後だった。

 

先に入ってきた河合美里が、両手に大きな紙袋を提げている。その後ろから佐伯奈央が模造紙を抱え、小川真帆が服を何着か胸に抱えていた。

 

三人が土間へ並ぶと、いつもの店が急に狭くなる。

 

河合が名刺を差し出した。

 

「中村さんから、こちらへ伺うように言われました」

 

京子は名刺を受け取った。

 

河合美里、佐伯奈央、小川真帆。

 

その下に〈つづき〉とある。まだ開店していない店の名前と、堀川西商店街の住所まで、きちんと印刷されていた。

 

京子は名刺を作業台の隅へ置いた。

 

「何を相談したいの?」

 

「店の飾り方です」

 

河合が模造紙を広げる。

 

選考会で使った見取り図だった。

 

壁に服を掛け、中央に大きな作業台を置く。窓際にはミシンを二台。紙の上では、きれいに収まっている。

 

けれど、実際の店を知っている京子には、客が入ったあとの窮屈さがすぐに見えた。

 

間口三・八メートル。奥行き七・二メートル。

 

作業台の両側へ人が立てば、通路は消える。

 

京子は作業台の四角を消した。

 

「作っているところを見せたいのか、服を見せたいのか。そこを先に決めた方がいいよ」

 

三人が紙を見る。

 

作業台をなくすわけにはいかない。

 

布を広げる場所も、ミシンを使う場所も必要だからだ。

 

京子は作業台を壁際へ寄せ、もう一つ小さな四角を中央へ描いた。

 

「普段は壁。教室の日だけ中央へ出す。ミシンも、二台とも表に置かなくていい」

 

「毎回、動かすんですか」

 

「三か月でしょう」

 

京子は鉛筆を置いた。

 

「三か月ずっと同じ店である必要はないよ」

 

河合が、その言葉を見取り図へ書き込んだ。

 

次に出てきたのは、商品の数だった。

 

六十点ほど用意するという。

 

京子は自分の店の棚を見る。

 

品物を詰めれば、今の三倍は置ける。それでも、そうする気にはならない。

 

選ぶときには、品物そのものだけでなく、その隣に何があるかも目に入る。余白がある方が、かえって一つの品がよく見えることがある。

 

「多い方が、選べると思って」

 

河合が言った。

 

「多いと、選べなくなることもあるよ」

 

六十点を全部持ってくる必要はない。

 

京子は店を見なければ決められないと伝えた。

 

河合が、すぐに顔を上げる。

 

「一緒に来ていただけませんか」

 

京子は三人を見た。

 

頼まれれば断る理由もない。けれど、店を見に行けば、見ただけで帰れる自信もなかった。

 

案の定、河合は幸子から言われたことを話し始めた。

 

京子なら服のことも店の見せ方も分かる。困ったら相談すればいい。

 

「市役所からは?」

 

「商店街の人と相談してください、と」

 

「私は商店街の会員じゃないよ」

 

三人が顔を見合わせる。

 

そこまでは聞いていなかったらしい。

 

さらに相談料の話になる。

 

京子は作業台の上の名刺を見た。

 

客の服装について相談されることはある。アクセサリーを買ってもらえば、それで済む。商店街の写真も、これまで金を取ったことはない。

 

しかし、店のレイアウトを考え、商品の分類を決め、開店まで何度も店へ通うなら、それはもう

 

「ちょっと見てほしい」

 

という話ではない。

 

「何を頼むかによります」

 

河合が、レイアウト、商品の並べ方、服の組み合わせ、看板のことまで挙げた。

 

京子は苦笑した。

 

「それは相談じゃなくて、仕事だよ」

 

三人が黙る。

 

市の補助は家賃に使う。店を作る費用は自分たちで出す。

 

生地、糸、ミシン、棚、看板。

 

開店前から、金はいくらでも出ていく。

 

「今日は、お金はいらないよ」

 

京子は模造紙を畳んだ。

 

「ただ、次に来るときは、何を頼みたいのか決めてきて。全部見てほしい、では私も困るから」

 

河合は模造紙を受け取った。

 

「一度、店を見ていただくだけでも?」

 

京子は少し考えた。

 

「見るだけなら」

 

言った瞬間、自分でも分かった。

 

見るだけでは終わらない。

 

けれど、三人の顔には明らかにほっとした色が浮かんだ。

 

明日の四時に店へ行くことになった。

 

三人が帰ろうとしたところで、京子は河合を呼び止めた。

 

「六十点、全部持ってこなくていいよ」

 

「はい」

 

「自分たちが一番見てほしいものを、十点だけ選んで」

 

「十点?」

 

「それを見てから考える」

 

河合は頷いた。

 

「分かりました」

 

格子戸が閉まる。

 

三人の足音が路地へ遠ざかる。

 

京子は作業台へ戻った。

 

自分から仕事を増やすつもりはなかった。

 

それでも、明日の四時には空き店舗へ行く。

 

見れば気になる。

気づけば口を出す。

 

そういう自分の性分を、京子はよく知っていた。

 

 

翌日の午後四時。

 

元洋品店だった空き店舗の中央に、古い長机が置かれていた。

 

その上に、十点だけが並んでいる。

 

約束通りだった。

 

男物の白いシャツを子供用のブラウスへ作り直したもの。二枚のスカートをつないだ鞄。色の褪せたジーンズのポーチ。柄の違う布を組み合わせたワンピース。

 

どれも手を抜いてはいない。

 

ただ、作り手の違いがよく分かった。

 

河合は色を重ねる。

 

小川は形を変える。

 

佐伯は元の服の形を残す。

 

三人で一つの店を作るのに、三人とも違うものを作っている。

 

京子は三枚の服を並べた。

 

色も形も違う。

 

その違いを、無理に揃える必要はないと思った。

 

佐伯が一枚のブラウスを後ろへ隠した。

 

縫い目がほんの少し曲がっている。

 

「これは?」

 

「失敗しているので」

 

佐伯の指が、縫い目の上で止まる。

 

京子はブラウスを手に取った。

 

曲がっていると言われなければ分からない。

 

「着られない?」

 

「着られます」

 

「なら、出しておけばいいよ」

 

佐伯はしばらくブラウスを見ていた。

 

やがて、元の場所へ戻す。

 

その横で、小川は別の服の話を始めている。

 

河合が二人の間へ入った。

 

「それは、あとで三人で決めよう」

 

まとめることに慣れている。

 

けれど、まとめようとするほど、二人の言葉を先回りしてしまう。

 

京子は三人を眺めた。

 

「三人で、同じ店に見せたい?」

 

「はい」

 

「どうして?」

 

「一緒に始める店だから」

 

京子は、机の上の三人の服を見た。

 

「同じに見せる必要はないんじゃない」

 

三人が顔を上げる。

 

「作った人が違うなら、違って見えた方がいい。札の色を三つに分けて、誰が作ったか分かるようにすればいい」

 

河合が服を見る。

 

小川は、自分の作った鞄を手に取る。

 

佐伯はブラウスへもう一度目を落とした。

 

三人はすぐには答えを出さなかった。

 

ただ、もう京子の返事を待つ顔ではなかった。

 

京子は店の奥へ歩いた。

 

古い陳列棚は、奥行きが深い。

 

服を掛ければ、客が通れなくなる。

 

棚を捨てる必要はない。

 

奥へ寄せ、布や道具を入れればいい。

 

商品は壁へ。

 

壁に穴を開けられないなら、突っ張り式の柱を使う。

 

京子が一つ決めるたび、三人が寸法を測った。

 

河合が数字を読み、小川が棚を動かし、佐伯が紙へ書く。

 

少しずつ、空き店舗の中に店の輪郭ができていく。

 

そのとき、ガラス戸が開いた。

 

冨永と産業振興課の担当者だった。

 

撮影の予定より十五分ほど早い。

 

床にはメジャーが伸び、服が置かれている。

 

河合が携帯電話を取り出した。

 

市役所からのメールが届いている。

 

まだ開いていなかった。

 

冨永は何も言わず、外へ出た。

 

「四時半からですから、それまで商店街を見ています」

 

ガラス戸の向こうへ二人の姿が消える。

 

河合は携帯電話を握ったまま、しばらく動かなかった。

 

「完全に忘れてました」

 

京子は時計を見る。

 

あと十分。

 

「片づける前に、寸法だけ測ろう」

 

京子は時計を見た。

 

三人はそれぞれの手元へ戻った。

 

河合が数字を読み、小川が服を畳む。佐伯はメジャーを巻き取り、京子は壁の長さを測る。

 

四時二十七分。

 

床からメジャーが消えた。

 

長机には、十点の服だけが残っている。

 

四時半。

 

冨永が戻ってきた。

 

撮影が始まる。

 

京子は壁際へ移った。

 

「長谷部さん」

 

冨永が声をかけた。

 

「こちらのお手伝いを?」

 

「今日は、店を見てほしいと頼まれただけです」

 

「そうですか」

 

冨永は、それ以上聞かなかった。

 

河合が今後も京子へ相談したいと言う。

 

冨永は、その依頼が正式なものかどうかだけを確認した。

 

京子の名前を広報へ載せる話にもならなかった。

 

決まっていないものを、決まったようには書かない。

 

冨永がそれ以上踏み込まなかったことを、京子はありがたく思った。

 

撮影が終わる。

 

冨永が河合へ開店日と営業時間を確認しているあいだ、京子は店の外へ出た。

 

幸子も続いて出てきた。

 

二人はガラス越しに三人を見る。

 

「冨永さん、京ちゃんに仕事を頼まなかったわね」

 

「広報の人だからでしょう」

 

「河合さんたちは頼むと思うけど」

 

「それは三人と私の話でしょう」

 

幸子は京子の横顔を見る。

 

「頼まれたら、受けるの?」

 

京子はすぐには答えなかった。

 

店の中では、冨永が河合たちと話している。

 

最初に会ったときより、三人が少しだけ店を自分たちのものとして話している。

 

「何を頼まれるかによる」

 

「そういうと思った」

 

幸子が笑う。

 

そのとき、河合が外へ出てきた。

 

一枚の紙を京子へ差し出す。

 

店内レイアウト。

 

商品の分類。

 

開店前日の陳列確認。

 

それだけだった。

 

看板も撮影も店番も含まれていない。

 

最初に

 

「全部見てほしい」

 

と言っていた三人が、自分たちで頼む仕事を三つに絞っている。

 

京子は紙を読んだ。

 

「期間は?」

 

「開店までです。開店したあとは、自分たちでやります」

 

「費用は?」

 

河合が金額を告げた。

 

高くはない。

 

けれど、無料で頼むつもりではないことは分かる。

 

京子は紙を折った。

 

「明日、返事する」

 

「今日では駄目ですか」

 

「私の店の仕事を確認してから」

 

河合は頷いた。

 

「分かりました」

 

それ以上は言わない。

 

店の中へ戻っていく。

 

京子は紙を鞄へしまった。

 

ガラス戸の向こうでは、冨永が河合たちと話している。

 

何を話しているのかまでは聞こえない。

 

京子は見なかった。

 

さっきまで空っぽだった店の中に、人の気配が残っている。

 

商品を置く場所。

人が立つ場所。

作業する場所。

 

まだ決まらないところの方が多かった。

 

三人の話し合いが進むにつれ、空き店舗の呼び方も変わっていった。

 

京子は格子戸を閉めた。

 

夕方の商店街を、薄い風が抜けていく。

 

明日になれば、自分の返事をしなければならない。

 

そのことだけを考え、京子は自分の店へ戻った。