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『 一人分の幅 』

 

第四章 三か月の店

 

空き店舗の募集には、五組の応募があった。

 

焼き菓子の販売、古本とレコード、子供向けの工作教室、手作り雑貨の共同販売、それに、着なくなった服を手直しして販売する三人組。

 

産業振興課は、五組の企画書を商店街へ送った。

 

名前や住所、連絡先は伏せられ、事業内容と営業予定だけが記されている。

 

選考会は、説明会と同じ空き店舗で開かれた。

 

切れかけていた蛍光灯は新しいものへ替わっている。床も清掃され、以前の洋品店が残した陳列棚は壁際へ寄せられていた。

 

資料の表紙に使われていた店の姿とは、もう違っていた。

 

白い壁ではなく、薄いベージュ。床には、商品棚が置かれていた四角い跡が残る。入口のガラスには、何年も前のテープが白く固まっていた。

 

選考会には、商店街から七人、市役所から三人が出席した。冨永は産業振興課の担当者と、入口に近い席へ座る。選ぶためではなく、決まった企画を続報として紹介できるか確かめるためだった。

 

焼き菓子はクレープ店と客が重なる。工作教室は夏休みのあとが見えない。古本とレコードは塚口が気に入ったが、見るだけの客で店が続くのかと幸子が言う。企画書をめくるたび、意見は分かれた。

 

五番目の企画書を開く。

 

着なくなった服を手直しし、新しい服として販売する。持ち込みの相談も受け、週末には簡単な手直しの教室を開く。

 

応募者は三人。全員が二十代で、服飾関係の専門学校を卒業していた。

 

企画書には、色の違う服を組み合わせた店内の見取り図が添えられている。壁には古いシャツやスカートを掛け、中央へ大きな作業台を置く。窓際にはミシンが二台。

 

五組の中では、最も店の姿を具体的に想像しやすかった。

 

「若い人が来るかもしれないわね」

 

幸子が言う。

 

「古い服を売るんでしょう」

 

塚口は見取り図を横へ向けたり、縦へ戻したりしている。

 

「古着とは違うんじゃないか」

 

種井が企画書を覗く。

 

「手を加えて、別のものにするんですよ」

 

「袖を切ったりするのか」

 

「たぶん」

 

「長袖を半袖にするだけなら、家でもできるがね」

 

「塚口さんは、ボタンも付けられないでしょう」

 

「ボタンは、取れたままでも着られる」

 

幸子は塚口を相手にせず、営業予定の欄を見る。

 

「月曜日から金曜日は、十一時から六時。土日は十時から七時」

 

「三人いるなら、それくらい開けられるでしょう」

 

種井が言う。

 

冨永は自分の資料を見た。

 

三人の職歴の欄には、それぞれ現在の仕事が記されている。

 

一人は衣料品店勤務。一人は縫製工場のパート。もう一人は飲食店のアルバイト。三人とも、現在の仕事を続けながら参加する予定だった。

 

「この営業時間については、面接で確認した方がいいと思います」

 

冨永が言う。

 

選考へ意見を出すつもりはなかった。

 

ただ、決まったあとで開店日や営業時間を広報することになる。実際に守れるかどうかは、先に確認しておく必要がある。

 

「三人で交替するんじゃないですか」

 

産業振興課の担当者が言う。

 

「その予定が書かれていません」

 

冨永は企画書の職歴欄を示した。

 

「全員が別の仕事を続けます。平日の十一時から六時まで、誰が店に立つのかは聞いた方がよいかと」

 

担当者は初めて、その欄を詳しく読む。

 

「面接で確認しましょう」

 

幸子も企画書を見直した。

 

「三人いれば大丈夫だと思っていたけど、三人とも昼間は仕事なのね」

 

「辞めるつもりかもしれませんよ」

 

種井が言う。

 

「それも聞かないと分からないわね」

 

五組の企画説明を聞いた結果、候補は二組に絞られた。

 

古本とレコードの店。

 

服の手直しをする三人組。

 

翌週、二組を空き店舗へ招き、商店街の人たちへ直接説明してもらうことになる。

 

古本とレコードの応募者は六十一歳の男性で、品数も営業時間も、売れ残った品の扱いも紙にまとめていた。

 

三人組は、予定より五分遅れて到着した。

 

一人が大きな紙袋を二つ持ち、もう一人は丸めた模造紙を抱えている。最後に入ってきた女性は、入口で立ち止まり、携帯電話を鞄へしまった。

 

「すみません。駐車場が分からなくて」

 

先頭の女性が頭を下げる。

 

「地図には載っていませんでしたか」

 

産業振興課の担当者が聞く。

 

「商店街の入口までは分かったんですけど、その先が」

 

「荷物は、どこへ置けばいいですか」

 

紙袋を持った女性が尋ねる。

 

長机の上には、市役所の資料と湯飲みが並んでいる。壁際には古い陳列棚。模造紙を広げる場所もなかった。

 

冨永は、入口近くの机から資料をまとめて自分の鞄の上へ移した。

 

「こちらを使ってください」

 

三人は礼を言い、紙袋と模造紙を置く。

 

説明は、店の名前から始まった。

 

「つづき」

 

服には、着なくなったあとにも続きがある。その意味を込めたという。

 

三人は持参した服を長机へ並べた。

 

男物の白いシャツを、子供用のブラウスへ作り直したもの。二枚のスカートをつなぎ合わせた鞄。色の褪せたジーンズから作った小さなポーチ。

 

幸子が一つずつ手に取る。

 

「縫ったのは皆さん?」

 

「三人で分担しています。デザインする人と、縫う人と、仕上げを確認する人」

 

「担当は決まっているんですか」

 

「一応は。でも、忙しいときは皆で」

 

三人のうち、最初に頭を下げた女性が答えている。

 

ほかの二人は、品物の向きを直したり、模造紙を壁へ押さえたりしていた。

 

「営業時間は、平日も十一時から六時とありますが」

 

冨永が尋ねる。

 

三人の動きが一度止まる。

 

「交替で出る予定です」

 

「皆さん、現在のお仕事は?」

 

「続けます」

 

「平日の昼間に、店へ立てる方は決まっていますか」

 

先頭の女性が、残りの二人を見る。

 

「水曜日は、私が休みなので出られます」

 

「私は月曜なら」

 

「木曜は、午後からなら大丈夫です」

 

火曜日と金曜日が残る。

 

「最初のうちは、休みの日があってもいいかなと思っていて」

 

「募集要項には、週五日以上の営業とあります」

 

産業振興課の担当者が言った。

 

三人は初めて聞いたような顔をする。

 

「それ、どこに書いてありましたか」

 

「募集要項の三ページ目です」

 

一人が鞄から折り畳んだ書類を出した。三ページ目を開き、該当する箇所を探している。

 

「あ、本当だ」

 

声が小さくなった。

 

店内に、紙をめくる音だけが残る。

 

担当者は腕時計を見た。

 

「営業時間を守っていただけない場合は、選考が難しくなります」

 

三人の顔に焦りが浮かぶ。

 

「何とかします」

 

先頭の女性が言う。

 

「誰か一人、仕事を減らせば」

 

「でも、今からシフトを変えてもらえるかな」

 

「お母さんに店番を頼むとか」

 

「服の説明ができないでしょう」

 

三人の相談が、そのまま始まった。

 

商店街の人たちは黙って見ている。

 

冨永は、担当者の手元にある進行表を見た。次の質問へ移る予定時刻を、すでに十分過ぎている。

 

「営業日については、今日ここで決めなくてもよいのではありませんか」

 

冨永が言う。

 

担当者がこちらを見る。

 

「でも、選考に必要です」

 

「必要なのは、週五日開けられるかどうかです。誰が何曜日に立つかは、三人で持ち帰って確認してもらった方が正確でしょう」

 

冨永は三人へ向き直る。

 

「いつまでなら、職場やご家族へ確認できますか」

 

「三日いただければ」

 

先頭の女性が答える。

 

「では、金曜日の五時までに、営業予定を提出していただけますか」

 

担当者は少し迷い、頷いた。

 

「それでお願いします」

 

三人の肩から、わずかに力が抜ける。

 

説明会は、予定より二十分長くなった。

 

二組が帰ったあと、商店街の人たちは長机を囲んだまま話し始める。

 

「古本の人は、しっかりしてたな」

 

塚口が言う。

 

「一人でできる範囲を分かっているからでしょう」

 

幸子は

 

「つづき」

 

のポーチを手にしている。

 

「この子たちは、まだ店を開けるところしか見えていないのよ」

 

「だから、三か月試すんじゃないですか」

 

種井が言う。

 

「失敗させるために?」

 

「失敗するかどうかは、やってみないと分からないでしょう」

 

「お客さんから服を預かったあとで、店が休みだったら困るわよ」

 

幸子はポーチを机へ戻す。

 

「京ちゃんに、これを見せたいな」

 

「また京ちゃんか」

 

塚口は口では呆れながら、反対していない。

 

「服のことなら、私たちより分かるでしょう」

 

「選考に、会員じゃない人を入れるんですか」

 

種井が尋ねる。

 

「選ばせるんじゃない。品物を見てもらうだけ」

 

「見てもらったら、何か言うでしょう」

 

「京ちゃんだもの」

 

幸子は平然と答えた。

 

話を聞いていた冨永は、自分の資料を鞄へしまう。

 

「長谷部さんへ品物を見せる場合は、応募者の了解を取ってください」

 

「市役所から?」

 

「いえ。商店街からお願いします」

 

「冨永さんは来ないんですか」

 

幸子が聞く。

 

「私がいると、市が長谷部さんへ評価を求めたように見えます」

 

「一緒に見た方が早いでしょう」

 

「早いことと、よいことは同じではありません」

 

幸子は何か言おうとしたが、種井が先に頷いた。

 

「それは、そうですね」

 

塚口だけが不満そうだった。

 

「市役所の人は、面倒なところで線を引くなあ」

 

「線を引かないと、あとで誰が決めたのか分からなくなりますから」

 

「京ちゃんと同じようなことを言う」

 

「長谷部さんなら、何と言うんですか」

 

「俺たちが勝手に持っていった時点で、もう公平じゃないって言うだろうな」

 

塚口は、ようやく自分で気づいた顔になる。

 

幸子も、ポーチから手を離した。

 

種井が小さく笑う。

 

「見せる前から答えが出たじゃないですか」

 

三人は品物を京子の店へ持っていかなかった。

 

金曜日、

 

「つづき」

 

から営業予定表が届いた。

 

三人はそれぞれの職場と相談し、月曜日から土曜日まで、必ず二人が店に立つ形へ組み直していた。火曜日だけは、専門学校時代の友人が手伝うという。

 

予定表の下には、手伝う人の名前と連絡先まで記されている。

 

選考の結果、空き店舗を使うのは

 

「つづき」

 

に決まった。

 

古本とレコードの男性には、商店街の別の空き店舗を所有者が直接紹介することになる。

 

産業振興課から選考結果の連絡を受けた冨永は、広報用の原稿を作り始める。

 

開店日は、三週間後。

 

店内の清掃、什器の移動、商品の搬入、告知物の作成。必要な作業は多い。

 

三週間あれば、間に合うはずだった。