じょそう王けべく
○○王、~~王って響きが好き。
なんかこう、ゴージャスな感じがして、凄い強いモノの様な気がする。だいたい愛車の名前からして魔王號だし。そう云う心持ちを持つあたりが庶民である。
松戸のマイ駐車場の地面が、草に侵食されているため、除草剤を購入した。それはどうやら効き目が3~6ヶ月程もあるようだ。
その名も“除草王”素晴らしいじゃないか。除草の王様だ、除草王。
購入した帰りの車中で、何だか除草王の響きが嬉しくなり、頭の中で「除草王けべく、除草王けべく 」と連呼していたのだが、だんだん別のモノに聞こえてきた。
そう、“女装王けべく”と。や、女装とかしないし。
なんかこう、ゴージャスな感じがして、凄い強いモノの様な気がする。だいたい愛車の名前からして魔王號だし。そう云う心持ちを持つあたりが庶民である。
松戸のマイ駐車場の地面が、草に侵食されているため、除草剤を購入した。それはどうやら効き目が3~6ヶ月程もあるようだ。
その名も“除草王”素晴らしいじゃないか。除草の王様だ、除草王。
購入した帰りの車中で、何だか除草王の響きが嬉しくなり、頭の中で「除草王けべく、除草王けべく 」と連呼していたのだが、だんだん別のモノに聞こえてきた。
そう、“女装王けべく”と。や、女装とかしないし。
以外と楽しい
今宵の食事を近所のカスミと云うスーパーで購入。荷物を袋詰めするスペースに、ニッセンとやらのカタログ冊子が無料で置いてあった。
食事をしながら読んでみると、これが思いの外楽しい。発明品と云っても良いくらい奇抜な下着類や、様々な変わり種日用品が盛り沢山である。
そりゃ通販マニアとか夢中になるわと、妙に納得出来た。お金に余裕があったら、私も目のクマ除去するマッサージャとか買いたかったもん。
余裕が無いから買わないけどね。
食事をしながら読んでみると、これが思いの外楽しい。発明品と云っても良いくらい奇抜な下着類や、様々な変わり種日用品が盛り沢山である。
そりゃ通販マニアとか夢中になるわと、妙に納得出来た。お金に余裕があったら、私も目のクマ除去するマッサージャとか買いたかったもん。
余裕が無いから買わないけどね。
エスカレータの記憶
なにやら名古屋でエスカレータが逆走して、怪我人が多数でたようだ。
エスカレータと云えば、私が中学生の時、今で云うファーストガンダムが大ブレイクした。本放送ではなく、再放送でのブレイク。宇宙戦艦ヤマトもそうだった。
それに歩調を合わせ、バンダイから所謂ガンプラが発売された。30代後半以上の人なら覚えているだろうが、尋常ならざる大ヒットをした。
酷く品薄のため、欲しい物を選んで購入する事など出来ず、模型店やデパートの開店前から長蛇の列を形成。開店と同時にダッシュでプラモを奪い合う景色が、日本中で見られた。
それはそれとして、何故あんな物を欲しがったのか理解に苦しむ。今でこそガンプラと云えば、ギミックやディテールに於いて、他の追随を許さないレベルの量産モデルである。だが当時のモノは、中学生の私にとってすら低いレベルで、わざわざ買うに値しない物であった。
当時の私はミリタリ・ミニチュアに夢中であり、戦車は高価で正月にしか入手出来ず、ケッテンクラートとか、キューベル・ワーゲン、ドイツ小火器セットを作って満足している暗い少年だった。今でも明るいとは云えんが。
ガンプラは、プラモを作れない友人が、制作を依頼して来た時に、報酬として貰っていた。行列とか子供の頃から嫌いだった。
それもある事件をきっかけに、しばらくは好きな物を買えなくなってしまったのだ。
ある日曜日の朝、新松戸のダイエーが開店し、2階にある玩具店に人が殺到したわけだが、エスカレータね途中でコケた馬鹿がいて、エスカレータに乗っていた人々がドミノ倒しになった。
結果、当時中学生の子供が一人死亡。その後ガンプラ購入禁止令が出たり、ガンプラを買うにはじゃんけんに勝利した子に配給するシステムに変遷していった。
でもザクやガンダムが欲しいのに、ガンキャノンやガンタンクならともかく、ホワイトベースを渡され、金だけは立派に取られるって気分はどうだろう?
当時の大人は、戦後の貧しい時代を味わってたから、こんなシステムを思い付いたし、その子供レベルだから我慢したんだろうが、今は無理だろうなw
エスカレータ事故って聞くと、今でも新松戸ダイエー事件を思い出す。
エスカレータと云えば、私が中学生の時、今で云うファーストガンダムが大ブレイクした。本放送ではなく、再放送でのブレイク。宇宙戦艦ヤマトもそうだった。
それに歩調を合わせ、バンダイから所謂ガンプラが発売された。30代後半以上の人なら覚えているだろうが、尋常ならざる大ヒットをした。
酷く品薄のため、欲しい物を選んで購入する事など出来ず、模型店やデパートの開店前から長蛇の列を形成。開店と同時にダッシュでプラモを奪い合う景色が、日本中で見られた。
それはそれとして、何故あんな物を欲しがったのか理解に苦しむ。今でこそガンプラと云えば、ギミックやディテールに於いて、他の追随を許さないレベルの量産モデルである。だが当時のモノは、中学生の私にとってすら低いレベルで、わざわざ買うに値しない物であった。
当時の私はミリタリ・ミニチュアに夢中であり、戦車は高価で正月にしか入手出来ず、ケッテンクラートとか、キューベル・ワーゲン、ドイツ小火器セットを作って満足している暗い少年だった。今でも明るいとは云えんが。
ガンプラは、プラモを作れない友人が、制作を依頼して来た時に、報酬として貰っていた。行列とか子供の頃から嫌いだった。
それもある事件をきっかけに、しばらくは好きな物を買えなくなってしまったのだ。
ある日曜日の朝、新松戸のダイエーが開店し、2階にある玩具店に人が殺到したわけだが、エスカレータね途中でコケた馬鹿がいて、エスカレータに乗っていた人々がドミノ倒しになった。
結果、当時中学生の子供が一人死亡。その後ガンプラ購入禁止令が出たり、ガンプラを買うにはじゃんけんに勝利した子に配給するシステムに変遷していった。
でもザクやガンダムが欲しいのに、ガンキャノンやガンタンクならともかく、ホワイトベースを渡され、金だけは立派に取られるって気分はどうだろう?
当時の大人は、戦後の貧しい時代を味わってたから、こんなシステムを思い付いたし、その子供レベルだから我慢したんだろうが、今は無理だろうなw
エスカレータ事故って聞くと、今でも新松戸ダイエー事件を思い出す。