“楽が来帳”にコメントを投稿させていただいたあと、まだ考え巡らせていました。
さらに文章を書くことで落ち着きも出てきました。続けてですが、リブログさせていただきます。
五郎さんと鈴木泰博先生の出会いはどちらから始まったのですか。
五郎さんが考えていた事を探究するうちに鈴木泰博先生に行き着いたのですか。
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YouTube
「野口五郎と鈴木泰博 DMVを語る」
を繰り返し視聴して‥
パワースポットと言う言葉はあやふやで、お二人が求めたパワースポットは、その言葉がふさわしいものだと受け取るとこができましたが、なかにはその言葉を先付けして人寄せに利用されている場所も少なくないと思うのです。
なので、その言葉に覚える不安というものが私にはありました。
お二人の真摯な精査の過程を間違って伝える要素があり、その言葉には未だ少し心配しています。
また、それ以前に、音楽はただそれだけで響くし伝わるし感動もするので、まずはその演奏、歌声そのものを第一に大切に考え、受けとめたいし、そこにある影響力を認め発信してほしい‥というような頑なな思いもありました。
貴方へ届け〜 と『思い』をのせて届けてくださるあの歌声なので、そこは言うまでもないことの上での DMV、と頭では分かっています。
ただ、DMVのおかげ、DMVの効果‥という言葉が多用されると少し寂しいのです。
効果は‥そっと科学の魔法としてかけても〜証明はなされるべきところでなされ、世間にきちんと伝わるはず〜
「貴方」である皆さまが、五郎さんが革命の秘密を解かれた途端に、とても素直に、影響あった、治った、と言われることが私には不安のひとつでした。‥このねじれた心理、分かっていただけるでしょうか。
5〜6年前に母と私の間で、音楽によるアルツハイマーへの劇的な体験もしていたので、それには特に。音楽そのものにもそれだけの力があることを自分の中でなおざりにしたくなくて。(後に書きたいことですが‥DMVには科学的な裏付けができてきたというお話をされていることに希望を持ちます)
五郎さんの言われるように『否定より肯定』
それはその通りと共感しています。
特に自分の手で確かめることのできない者に否定は邪魔にしかなりませんよね。
でも、自分で証明できない限り、疑うことも大事ではあるかと‥。
私ははじめ、大丈夫かその教授、大丈夫かその団体、大丈夫かその専門誌、片っ端からググりまくりました。
でも、そこには答えを得ることができませんでした。あったのは学会にしてはデザイン的なサイト、化粧品、専門誌への評価、という私にとっては少し不安がプラスされる要素でした。
私がこれらのことをようやく綴ることができ始めたのは、答えが見えてきたからです。
五郎さんと鈴木先生お二人のお話の自然体、特に鈴木先生が「始め五郎さんの話(0について)が全然理解できなかった」とおっしゃったことが、却って私の頑なさを解きほぐす要因につながりました。
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もうずいぶん前のことですが、地震が起こる少し前に体の中に響きを感じ “あ、地震 起こる‥” と心で呟くことが何度かありました。
それを特に強く感じた場所は、ごく小さな山の山肌に沿った小さなワンルームマンションの部屋です。
山肌に沿う場所なので、単に地中の深くに始まる振動を地面が揺れる前に感じているだけと理解していました。
でも、もしかしたらそれも無音の振動の作用もあったのでしょうか。
違うかな。。
ちなみに‥その山はパワースポットと言われており中腹には神社があります。
σ^_^;
対談、とても面白かったです。
ありがとうございました。