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擬似

 

 小雨が降りしきる夜道の中、傘もささず、僕は馴染みのバーに行き急いでいた。引締めた表情でドアを開け、隅の席に座ると、バーテンダーが正面で待ち構えている。

「いつものレッドアイでいいですか?」

「はい」

 ここ数日、煙草への執着心は薄れていた。あれから煙草を一本も吸っていない。火をつけようとすると、どうしても”向日葵”を思い出すからだ。しかし、残業終わりの時間帯になると、無性に酒を飲みたくなるのだ。ただ一時期の煙草のように、”当たり前の癖”みたいになっている。好きでも嫌いでもなく、”曖昧な気分のまま”なぜか求めてしまうのだ。終電までに酔い潰れて、フラフラになりながら帰る状態、を僕はただ繰り返していた。

 ”あや”に会いたい・・・・。彼女とはあれっきりだ。電話番号を知らないし、昔のようにストーカー的な行動もしたくない。それに、これは僕自身の戦いだ。ましてや、この歳でドロドロとした関係など望んでもいない。でも今日、ようやく過去を清算できる。信吉とあの人に”さよなら”できる。

 カクテルを飲み干し、カクテルを飲み干し、胃の中に何杯も注ぎ続ける。そして、いつしか呂律が回らなくなり、客足も途絶えてきた頃だった。

 ロングコート姿で、ムカつく奴が現れた。

「ごめん。待ったよな?」

 と、信吉は僕の背中をさすった。

「別に待ってないし」

 僕は、彼の手を払い除けた。

「急に呼び出したりして悪いな。今日は報告があるんだ」

 彼は、満面の笑みを浮かべ、そう言った。

「別に知ってるし」

「いや、知らないと思うけど?」

「だから俺は、知ってる、と言ってるよな?」

 平然と笑っている彼が、ムカついてしょうがない。慣れたようにカクテルを注文する姿も、ロングコートを椅子に被せる冷静な姿も、腹が立って仕方ない。

「まあ、そんなに怒るなよ。ただ、役職に就けた事を報告しようと・・・」

「言いたいことは、それだけか?」

 僕は、頬杖つきながら言った。

「もちろん、”それだけ”のことだけど?でも、急にどうしたんだよ」

「そうか・・・。それならもう話すことはないし。おめでとう。仕事頑張れよ」

 僕はサッと席を立ち、フラつきながら店の外に足を向かわせた。すると、やや取り乱す表情の彼が、僕の腕を掴んだ。

「どうしたんだよ。お前らしくないぞ。今日は俺が送って行くから」

 彼は、ムカつくほど情熱的に言った。しかし、それを振り払うように僕は言う。

「なあ、古い話だけど、むかし俺に”親友”と言っていたよな?」

「ああ、今でも俺はそう思っている」

「だったら、なぜ彼女の本当のアドレスを俺に教えたんだ」

 と、僕は怒鳴った。

「それには、複雑な理由が関与しているんだ」

 と、彼は視線を逸らし、斜め下を見つめた。

「なに気取ってんだよ。いつまでも、かっこつけてんなよ」

 ガッシャーン・・・・。

 グラスの割れる音が、しんみりした店内に響く。

 殴るしかなかった。すべての思いを拳に込め、ただ力強く彼を殴ったのだ。ひれ伏す彼は、微動だにせず、可哀そうな感じでこちらを見上げる。

「俺達って、親友だよな?」

 と、彼は貫き通す。

「いや、これで分かっただろ?俺達は親友じゃないんだ。終わったんだよ」

 僕は、店員に腕を掴まれながらそう言った。

「終わってなんかいない。お前が俺を殴った行為そのものが”親友”だという証拠だろ?」

 と、彼はもっと可哀そうな感じで僕を見つめる。

「じゃあ、本当のことを教えてくれ。一体どういうつもりなんだ?」

 僕がそう言った時だった・・・。とつぜん白い意識に包まれた。頭に血が上り、興奮しすぎていたのだろう。目を開けると、ガラスの破片が綺麗に片付けられていたのだ。何が起きたのか覚えていない。それに起きたのかどうかさえも疑問だった。ただ、いつもの席に座り、正面にはバーテンの姿が見える。

「あのう・・・色々とすみません」

 頭をガンガンさせながら、バーテンに一言だけ謝った。

「いえいえ、お気持ちは察します。先程の男性が、これを渡すようにと・・・。きっと答えが書かれているんですよ」

 と、バーテンは、小さなメモ用紙を僕に渡した。

「重ね重ね、すみません」

 と、僕はそれを受け取り、迷いなく捲った。するとその内容は、欲する答えのようで答えではなかった。
「例の公園が在った場所、って言えば分かるよな?明日の12時、そこでお前を待っている。その時にすべてが分かる。お前が求めているもののすべてが解るはずだ」

 彼が”例の公園”を知っていたことに、何の違和感も感じなかった。二人は恋人同士なのだ。それよりも気にかかる事は、なぜ再び彼と会う必要があるのか、という単純なことだった。愛情と友情に”けじめ”をつけた今、どうして”新しい恋愛”を見守ってくれない。どうして”這い上がろう”とする気持ちに、水をさすような真似をするのだ。

 朝日が昇るまでの間、僕はジッとカウンターテーブルに座り、ひたすら考えた。やがて眩い光が、僕とバーテンの影を作り始めた時、両手でバシッ、と一つ頬を叩いた。そして・・・信吉に会うことにしたのだ。”真実を知りたい”それだけのためだった。 

 

 

 


 

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