テレビのニュースやワイドショーでは、恐らくフジテレビが用意したのでしょうが、「北の国から」の食堂のシーンが、繰り返し流れておりました。例の、「子供がまだ、食ってる途中でしょうが!」です。


このブログにも、何度か書きましたが、私はあのシーンで号泣だとか言っている方に、強い違和感を持っておりました。


それが、ある時、倉本總さん自身が、このシーンの語っており、見事に腑に落ちました。


あの食堂のおばちゃんは、実は家に子供がお腹をすかして待っている。八時を回り、そろそろ店を閉めて、家で夕食の支度をしなければならない。だから、しびれを切らして丼を片付けようとしたのだと。


私も、同じことを思っておりました。ラーメン一杯で、ろくに食べずにグダグダ話をしているなら、とっとと食べて帰らないと、店には迷惑な客でしかないと。


また、おばちゃんを演じた、伊佐山ひろ子が巧いのです。悪気があったわけでは無いのですが、はよせんかいが、顔に出ておりました。


まるで違う例ですが、「卒業」という名作映画があります。このラストは、あまりに有名で、ダスティン・ホフマン扮するベンが、かつての恋人だったキャサリン・ロス扮するエレインを、教会の結婚式からかっさらいます。


花嫁姿のままのエレインを連れ、ベンはバスに乗ります。これ、ハッピーエンドと捉えるかたも多いのですが、バスのなかのベンの表情を見れば、すでに後悔の色が出ているのです。やっちまった、これからどうしよう、です。


このシーンに関しても、私が敬愛する、とある映画評論家の方が、同じことを書いておりました。ダスティン・ホフマンのあの顔は、間違いなく後悔の表情だと。


いや、あれはハッピーエンドだと仰る方もいるでしょう。それで良いのです。映画もドラマも、見方はそれぞれです。


ただ、「北の国から」に関しては、倉本さん自身が、そういう意図を持って書いておりました。富良野のはずれで、夜の八時頃なら、ど深夜なのですから。


逆の視点から見ることも、必要なのです。