ここのところ、訃報ばかりを書いておりますが、直接お会いしたことがあるのは、この方だけです。


板東英二さんが亡くなりました。わたくし、お話もいたしました。


今から、40年以上前、私はテレビ番組を作る側の端っこにおりました。当時は、ドームなどまだなかったため、プロ野球の中継を予定していて、雨天中止になった場合、雨傘番組というものを用意しておりました。確かナイターフィラーと言いました。


私は、その番組のADだったのですが、司会が板東英二さんだったのです。


確か、科学技術館だったと思いますが、がらんとした会場に、坂東さんと岡崎友紀のふたりが並び、用意したVTRにコメントを入れるという、見事なほどお金がかかっていないものでした。


坂東さんは、次にどんなシーンが流れるかだけは知っておりましたが、自分のコメントは、全て頭のなかでした。しかもそれが、見てきたかのように、立て板に水のようでした。


それでいて、話がとにかく面白い。30分番組の二本撮りでしたが、あっという間でした。


収録中の坂東さんは、とにかく穏やかで、知り合いのタレントが、別のスタジオにいると知り、「あとで挨拶をしてきますわ」と、私たちに仰っておりました。


晩年は、いろいろありましたが、私は坂ちゃん、大好きです。とある同僚が、大嫌いだったと、こっそり教えてくれました。


合掌


※今と違い、ネットがありませんから、素材VTRを作るのが、大変でした。


例えば、堀内の引退試合なら、まずその日を特定しなければなりません。今なら、ウィキペディアか何かを検索すれば、すぐ、わかりますが、当時は自分で調べるのです。


日にちが特定されたら、今度は局のライブラリーから、その日のVTRをお借りして、その映像を見つけるのです。だから、これだけで大仕事でした。