遠い昔、映画、「砂の器」を見た、当時中学生の私は、言葉に表せないような衝撃を受けました。


それこそ、3時間近い作品でしたが、あっという間でした。丹波哲郎、加藤剛、森田健作、島田陽子、佐分利信、緒形拳、それに渥美清など、掛け値なしの豪華キャストで、なんといっても加藤嘉が息を飲むほどの名演でした。


原作は、松本清張なので、私は初めて清張作品を読もうと思い、文庫本を購入したのですが、読んでみて驚きました。


主人公の和賀は、クラシックの作曲家でも、指揮者でもないのです。現代音楽の作曲家でした。そして、原作から結構な部分が省略されていたのです。


逆に、和賀と父親が、過去に日本中を放浪するのですが、ここは逆に映画のほうでは、大きく膨らませているのです。そして、その描写があることで、親子の人生の過酷さが浮き彫りにされておりました。


この映画の脚本は、橋本忍と山田洋次です。黒澤明監督作品を多く手掛けた橋本忍と、寅さんシリーズの監督である山田洋次が組んだのは、伊達ではありませんでした。


それから、特にテレビドラマでは、数多くの「砂の器」が発表されましたが、連ドラ、単発、いずれの作品も、映画を超えるものは皆無でした。


原作に、かなり忠実なものもあれば、ええかげんにせえという代物までありました。はっきり言えるのは、あの映画に匹敵するものは、もう不可能だということです。そして、小説を映像化することの難しさです。


ドラマの「照子と瑠衣」において、私は、最終回のくだりが、昨日書いた通り、あまり好みではありませんでしたが、二番煎じさん(またまた、勝手にすみません)から、このくだりも、原作にあることを知りました。


これが、小説を映像化する場合の難しいところです、私などは、ここでドラマならではの展開がほしかった。連ドラのなかで、あの女の子が登場すると、妙に唐突な印象になってしまったからです。


照子と瑠衣のふたりが、見知らぬところへ旅立つのはいい。けれど、大九明子という監督には、もうひとつ弾けてほしいと思いました。