「国宝」について、もう少し。


このての映画には、必ず賛否両論が出てまいります。これは、仕方ない。100人が見たとして、100人全てが素晴らしいなんてことは、まずありません。


今回、批判で一番目につくのは、普段から歌舞伎を見ている人達が、あれは歌舞伎ではないというものです。


昨日も書きましたが、私は歌舞伎には門外漢です。実物を生で見たこともありません。


あのね、どんなに役者が、必死で練習したとしても、そりゃ何十年も修行した歌舞伎役者の皆さんと比べれば、同じレベルのわけがありません。


では、プロの役者はどうするかといえば、いかに本物らしく見せるか、なのです。


昨日、昔デートした女の子のことを書きました。その子は、大学の付属小学校から、ずっと同じ系列に16年間通っていたくらいのお嬢様です。一度、家まで送りましたが、黒塀で囲まれた、とんでもないお屋敷でした。


そういう子だから、大学生で片岡孝夫を贔屓にしていたのです。そして映画は、そのようなガチガチの歌舞伎ファンだけに向けて、作られているわけではないのです。


一緒にするなと言われるでしょうが、「極悪女王」という、女子プロレスを題材にしたドラマがありました。こちらは、ゆりやんレトリィバァや剛力彩芽、唐田えりかが、プロレスラーを演じましたが、あれが本物のプロレスラーのレベルと言ったら、プロレスファンにぶっとばされます。


あくまで、役者がよく頑張っているというレベルなのです。ドキュメンタリーではないし、彼女たちがプロを目指しているわけでもありません。


「道成寺」、「鷺娘」、「曽根崎心中」など、私でも知っている演目が、続々と映画に登場します。これらを全てこなしたのですよ。


そして、演じるふたりを、より本物らしく見せるために、演出の腕があるのです。あのカメラワークこそ、まさにプロの仕事です。


もし、この作品を、歌舞伎そのものに重きをおくなら、全て歌舞伎役者でやればいい。しかし、吉沢亮と横浜流星が演じたからこそ、あれだけの映画になったのではないですか。


中村鴈治郎が出ているのです。おかしなものになっていたなら、当然指摘したでしょう。そして、今まで歌舞伎の世界を描いた映画やドラマは、ほとんどありませんでした。それくらい、ハードルが高いのでしょう。


恐らく、ですが、主演のふたりも、とんでもないオファーを受けてしまったと思ったでしょう。私は、よくぞ演じきったと思います。


※ただ、歌舞伎といえば、松竹です。なんで東宝だったのでしょう?