さすがにびっくりいたしました。


「人生最高のレストラン」のゲストが、なんと倉本聰なのです。「海の沈黙」という映画の番宣なのでしょうが、こういった番宣に、倉本聰が出るなど、記憶にありません。

 

私は、倉本さんのエッセイを、ほとんど持っておりますので、話されたエピソードは、ほぼ知っておりました。それでも笑わせるのですから、大したものです。


酒好きには、札幌のすすきのは天国なのですが、ここにずっと住んでいたら、間違いなく肝臓をやられると、以前書いておりましたが、NHKと大喧嘩して、こともあろうに大河ドラマを降板して、札幌に逃げたとき、お金に困って「6羽のかもめ」を書いたことを、番組のなかでも語っておりましたが、この時、実は続きがあります。


倉本さんは、表向きは、病気で降板したことになっており、その時ドラマの新作を書いているというのは、非常にまずい。そこで偽名でドラマを書いたのです。


それが、石川俊子というペンネームだったのですが、予想以上にドラマが評判になってしまいました。確か、土曜10時の「傷だらけの天使」の真裏でした。


そこで、この謎の新人脚本家、石川俊子が、何かの賞をとることになったのですが、この名前は、渡哲也さんの奥さまの結婚前のお名前だったのです。本当にやっつけでペンネームをつけたのでした。


倉本さんは、当然表彰式に出るわけにはいかず、渡さんの奥様に出席をお願いするのですが、冗談ではないと拒否します。そこで渡さんは、「出ればいいじゃないですか」と大笑いながら奥様をそそのかしたそうです。


こういうエピソードが、倉本さんには山ほどあるのです。案の定、一回では収まらず、急遽前後編になりました。


これ、後編も必見です。


※私は、一度だけ、倉本聰さんを見かけたことがあります。


私の地元に、富良野塾の公演があったのですが、その日は私の結婚式の前日で、さすがにそれどころではありませんでした。


ところが、何かの用事で、式場になるホテルに行ったところ、そこが倉本さんたちの宿になっていたようで、フロントにいらっしゃったのです。


思ったよりも小柄でしたが、短髪で眼光が鋭いため、倉本さんのことを知っていなければ、どこぞの組長のような感じでした。


目と鼻の先にいたのですが、私は、緊張して話しかけることも出来ませんでした。今から30年ほど前のお話です。