阪神タイガースが、セ・リーグ優勝を決めました。九月に入ってから、負けなしですので、堂々たる優勝です。ファン歴半世紀近い私には、やはり嬉しいものです。


何度か書きましたが、あの、1985年のリーグ優勝と、日本一の瞬間を、私はどちらも、球場で見ております。


私の当時の職場は、神宮球場の真横にありまして、朝、会社にいくと、明治公園まで行列が溢れていて、こりゃあかんと、あきらめておりました。


念のため、10時過ぎに、球場の窓口に行ったところ、おばちゃんに、「お兄ちゃん、外野はないけど、内野の自由ならあるよ」と言われ、すぐに二枚購入し、大阪出身の先輩に持っていったところ、「お前、何をしたんや?」と、びっくりされました。朝の行列を目の当たりにすれば、とれるわけがないのです。


当時から、タイガースファンは、圧倒的に阿呆が多く、私らの前にも、頭をタイガースカラーにしたあんちゃんがやってきて、自分たちの指揮に従って応援を強要してきたのですが、内野の自由席は、私らよりも遥かに年長の、筋金入りのファンが多く、「誰に命令しとるんじや、ボケ!」と、追い返されておりました。


終盤になり、これはいけるぞになり、球場が騒然としてまいりました。私たちは、仁王立ちになり、祈る思いで見ておりました。


最後、引き分けで優勝というのも、当時のタイガースらしかったのですが、優勝が決まった瞬間の、見たこともない光景は、今も忘れません。神宮球場の前は、歩行者天国と化しておりました。


携帯のない時代ですから、家に着くと、電話が鳴りっぱなしでした。友人や後輩たちからの、お祝い電話で、神宮球場にいたことを話すと、一様に驚いておりました。


これに比べれば、西武球場など可愛いもので、当時、父の親友がライオンズ球団におりまして、こちらは内野の指定席を二枚頂いたのですが、ライオンズから手に入れたということは、当然ながら、一塁側です。後で聞いたのですが、ライオンズの社員用の席でした。


タイガージャージを着て、神宮球場と同じく、会社の先輩と行ったのですが、周囲をライオンズの帽子に囲まれ、先輩に、「お前、殺されるで。」と言われました。


しかし、当時の西武ファンは、おとなしいもので、何より球場に着いた時には、すでに長崎の満塁ホームランが出ており、意気消沈しておりました。


今となっては、良い思い出です。何せ、次の優勝は、星野仙一が監督のときですが、大阪に行くことも、一瞬頭をよぎりましたが、このときはチケットなど、全く手に入りませんでした。


さて、日本シリーズであたるであろう、オリックスは、かなりの強豪で、吉田正尚ひとり抜けたくらいでは、びくともしません。山本由伸が軸となった先発陣は、12球団一というレベルですし、抑えもいい。


ただ、これだけぶっちぎりでリーグ優勝しても、ポストシーズンで負ける可能性があるのです。これで負けたら、洒落になりませんが、何せ短期決戦です。いま、怪我をしているベイスターズが勝ち上がり、バウアーがフル回転したら、大逆転は起こり得るのです。


わずか6球団ずつしかない、日本のリーグでは、プレーオフなど必要ないと思います。