私の地元で、レストランが開店いたしました。
どんな評判なのだろうと、食べログを覗いてみると、既にコメントが二件出ておりました。
これが、見事に真逆なのです。
一つ目が酷評です。開店したての店にありがちなのですが、オペレーションが最悪で、注文したものが出てこないし、味付けも駄目。いいところなしです。
で、二つ目は、絶賛なのですが、それが、一つ目のコメントに対する反論になっているのです。
こういう時、私が見るのは、それまで書いているコメント数です。
批判していた方は、それなりの数のコメントを、投稿しておりました。しかも、他のものは、そこまで酷評しておりません。美味しいものは美味しい。ここが良くないと、きちんと指摘しております。
絶賛している方は、他に投稿を、一切しておりません。しかも、画像すら添付されてない。こういう場合は、大概関係者です。いや、そうでなくても、関係者を疑われます。
酷評に憤慨して、投稿したとしか思えないからです。
この方の気持ちはわかります。誰だって、オープンしたての店に、けちをつけられたら、頭にきます。
でもね、ここが一番大事なのですが、料理を絶賛した方も、皿の出し方が遅いことは認めているのです。ただ、自分たちは、ストレスを感じなかったと。
相当混雑したのでしょう。ならば、オペレーションの改善を急ぐべきで、反論を投稿している場合ではないのです。
駄目なところを、指摘してくれたことは、寧ろ有難いことなのです。大半のお客は、何もいわずに、店には来なくなります。私は、そうです。
サイレントマジョリティほど怖いものはありません。ましてや、このご時世です。
皿出しが遅いと感じた人達は、投稿などはしなくても、間違いなく知り合いに、こう言います。あそこはやめたほうがいい、と。
そうなると、潮が引くように、お客は姿を消します。あっという間です。
耳に痛い言葉ほど、耳を傾けるべきです。私は、自戒をこめて、ですが。