昨日は、西城秀樹さんの訃報が、あまりに突然でしたので、書き足りないことが、まだまだありました。

カタカナで、ヒデキ、といえば、西城秀樹さんです。間違いなくスターでした。

ヒデキさんは、とにかく色々なことに、チャレンジしてまいりました。

まず曲。正真正銘の、トップアイドルでしたが、昨日も書いた通り、歌謡ポップスの王道なのに、オフコースの歌をカバーしたり、ジュリーの向こうを張って、藤丸バンドを率いたりしました。藤丸さんとは、芳野藤丸のことで、後にショーグンとして、ブレイクします。

コンサートで、度肝を抜かれたのは、キングクリムゾンをカバーしていたことで、ファンのお姉ちゃんたちは、なんだかさっぱりわからなかったと思います。

昨日書き忘れたのは、役者としての西城秀樹のことで、「愛と誠」は、大ヒットしました。

今朝のワイドショーは、ヒデキ一色でしたが、この映画のことに触れた、どこかの阿呆が、劇場が感動の涙であふれたとかぬかしておりました。

見ていない証拠です。あの映画で、泣けるかよ。見ていないなら、いっちょまえに語るんじゃないよ。わたしゃ、劇場で見ております。

「寺内貫太郎一家」は、いかにも向田邦子、久世光彦コンビの、無茶苦茶なコメディでしたが、小林亜星、加藤治子、樹木希林、梶芽衣子(さそりシリーズで、どピークのときです)、伴淳三郎という、奇想天外なキャスティングのなかで、きちんと光っていたのは、大したものでした。

「ヤングマン」では、誰もがレコード大賞をとると思われていたのですが、カバー曲は除外するなんていうルールが突然出てまいりました。元々あったのでしょうが、私ら素人には、とても唐突に感じました。

ジュディオングの、「魅せられて」も、大ヒットしていたので、マッチレースと言われていたのですが、このルールのために、ヒデキは俄然不利になりました。結局大賞は、ジュディオングになりました。

このあたりの裏話はあるのですが、さすがに書けません。当時のレコード大賞は、凄い権威がありましたから、そりゃ裏は色々ありました。

そのうち、アメンバー限定で、書くかもしれません。

歌謡曲というものが、輝いていた頃の、等身大ではない、最後のスターのひとりだと、私は感じております。

大変苦しいリハビリに様子は、何度か見た記憶があります。せめて、天国では、安らかに。