まさか!です。
阿藤快さんが亡くなりました。闘病とかではなく、突然だったそうです。
つい、この間、「下町ロケット」にも出ておられました。
阿藤さんは、昔は、「海」と書いて、かいと呼びました。
私が意識したのは、「傷だらけの天使」だったと思います。居酒屋にたむろする、ヒモの役たったと記憶しております。
変わった名前でしたから、その容貌とともに、すぐに覚えました。
その後、何かの番組で、「嗚呼、花の応援団」の青田赤道のオーディションをやっており、それに出ておりました。
原田芳雄さんと一座のようなかたちで、地方を回り、そのなかに松田優作さんもいたはずです。
だから、優作さんとの競演も、とても多かったはずで、ただし、当時は、無茶苦茶悪い役ばかりでした。何せあの風貌、あのタッパです。
ヤク中の強盗だとか、そんなのばかりでした。でも、私は、なぜか好きでした。
最近は、レポーターみたいな仕事のほうが目立っておりましたが、あの人は、本当は役者です。実に味のある役者なのです。
優作さんと、芳雄さんが、天国で、「おまえ、まだ早ええよ」とか、からかわれているのではないでしょうか。
本当に早すぎますよ。
合掌。
阿藤快さんが亡くなりました。闘病とかではなく、突然だったそうです。
つい、この間、「下町ロケット」にも出ておられました。
阿藤さんは、昔は、「海」と書いて、かいと呼びました。
私が意識したのは、「傷だらけの天使」だったと思います。居酒屋にたむろする、ヒモの役たったと記憶しております。
変わった名前でしたから、その容貌とともに、すぐに覚えました。
その後、何かの番組で、「嗚呼、花の応援団」の青田赤道のオーディションをやっており、それに出ておりました。
原田芳雄さんと一座のようなかたちで、地方を回り、そのなかに松田優作さんもいたはずです。
だから、優作さんとの競演も、とても多かったはずで、ただし、当時は、無茶苦茶悪い役ばかりでした。何せあの風貌、あのタッパです。
ヤク中の強盗だとか、そんなのばかりでした。でも、私は、なぜか好きでした。
最近は、レポーターみたいな仕事のほうが目立っておりましたが、あの人は、本当は役者です。実に味のある役者なのです。
優作さんと、芳雄さんが、天国で、「おまえ、まだ早ええよ」とか、からかわれているのではないでしょうか。
本当に早すぎますよ。
合掌。