いやいや、とにかく笑わせてくれます。
昨日、ネットで百田尚樹氏をぶった切ってくれているリテラが、「探偵ナイトスクープ」のプロデューサーの本を元にして、百田氏の仕事に対するいい加減さを書いておりました。
そのことについて百田氏は、このプロデューサーは、私の大親友で、本を書くにあたり、自分のことをギャグに使えと自身が言ったのだと。そんなギャグを、都合よく切り取り、取材もしないで、私を貶めようとしている、なんと卑劣なことかと。
あのね、普通に売られている本で、著者は番組のプロデューサーですぜ。しかも小説ではありません。
そんな本に、嘘が書かれていると、普通思います?ご自身だって、参考文献をたくさん引用しているではないですか。
この方は、まだご存命ですが、もし、故人であったなら、この本の真偽を検証などしようがありません。というか、事実だと捉えるのが、当たり前ではないですか。誰かのように、ノンフィクションではつまらないから、適当に嘘を盛り込むなんてことは、あってはいけないのですよ。
しかも、本に出てくる百田氏は、もろに今の百田氏のまんまなのです。ここまでこと詳細に、嘘のギャグを入れられますかね。
誇張はあるでしょうが、元ネタはあると、そりゃ思いますよ。
百田氏は、本そのものも、リテラの記事は貶めていると批判しておりますが、どこをどう読んでも、本のことは批判されておりません。
記事に書かれているのは、思い込みが激しく、マイペースで、ろくに調べもしないで、断定的に物を言うという、ザ、百田尚樹です。皮肉は効いておりますが、批判などというものではなく、何よりプロデューサーの書いたままを記事にしているだけなのです。
切り貼りはしておりますが、どこが卑劣か、さっぱりわかりません。
また、百田氏に言論の自由はないのか?という、彼を擁護する声も聞こえて参りましたが、ほとんどが百田氏の関係者というのが、また笑わせます。
松井一郎、花田紀凱、そして辛坊治郎!
素晴らしい面々です。出版社の損得で、記事を決める、売れる作家を守るのは当たり前だ、などと嘯く御仁が、言論の自由とは、片腹痛い。ラジオで、せせら笑いながら、葬式の費用は、折半が当たり前だろうと放言し、自己責任のことをことさら強調したお方が、無謀な航海にでて、遭難したら自衛隊の方々に助けてもらい、ほとぼりがさめてから、しれっとテレビに出ているお方らしい物言いです。
百田氏に言論の自由は、勿論あります。当たり前です。
ただし!
それが、他人様に迷惑をかけたり、他人様を貶めるような、嘘八百なら話は違いますよ。これまた当たり前ですけど。
例えば私が、百田尚樹氏が、犯罪者だと言えば、これは立派な名誉毀損にあたります。嘘だからです。しかし、それを、言論の自由とは言わないでしょう。
例え非公開の場所であろうと、横に記者が張り付いていれば、そりゃ声も漏れるでしょうよ。書かれて困ることを発言しておいて、後からあーだこーだと弁明するのは、みっともないだけです。
言論の自由、これはもっともです。何より尊重されなければなりません。しかし、自由を守るためには、言論をする側にも、責任が生じます。言いたい放題言っておいて、その発言のおかしさを指摘されるとブロックし、そこでまた言論弾圧などと、よくも言えたものです。
※最近思うのですが、このひと、討論って出来るのでしょうか。
自分と考え方が近い方と一緒に、何かを罵倒するのは、よく見るのですが、論戦というのを、私は見たことがありません。
週刊新潮の、今回の発言を取り上げた記事に対する反論も読みましたが、ほぼ予想通りの内容でした。
素人の勝手な想像ですが、「探偵ナイトスクープ」においても、彼は恐らくアンタッチャブルでしょう。制作会議でも、彼の意見に反論などできないような存在だと思います。
だからこそ、自分の書いたものや、意見を否定、反論されると、物凄くむきになり、感情を露わにする。
今回もそうです。誰かが書いておりましたが、恐らく講演のネタなのでしょうが、バヌアツを貧乏長屋にたとえて、あそこは金がないから、誰も泥棒が入らない、アイスランドも氷しかない、資源もないから、誰も襲ってこない、だから軍隊がないという話に対して、アイスランドはタラ戦争というのがあり、沿岸警備隊が武装している、国民の所得も高いと指摘したら、すぐにブロックされたと。
間違っていたら、認めれば良いではないですか。
昨日、ネットで百田尚樹氏をぶった切ってくれているリテラが、「探偵ナイトスクープ」のプロデューサーの本を元にして、百田氏の仕事に対するいい加減さを書いておりました。
そのことについて百田氏は、このプロデューサーは、私の大親友で、本を書くにあたり、自分のことをギャグに使えと自身が言ったのだと。そんなギャグを、都合よく切り取り、取材もしないで、私を貶めようとしている、なんと卑劣なことかと。
あのね、普通に売られている本で、著者は番組のプロデューサーですぜ。しかも小説ではありません。
そんな本に、嘘が書かれていると、普通思います?ご自身だって、参考文献をたくさん引用しているではないですか。
この方は、まだご存命ですが、もし、故人であったなら、この本の真偽を検証などしようがありません。というか、事実だと捉えるのが、当たり前ではないですか。誰かのように、ノンフィクションではつまらないから、適当に嘘を盛り込むなんてことは、あってはいけないのですよ。
しかも、本に出てくる百田氏は、もろに今の百田氏のまんまなのです。ここまでこと詳細に、嘘のギャグを入れられますかね。
誇張はあるでしょうが、元ネタはあると、そりゃ思いますよ。
百田氏は、本そのものも、リテラの記事は貶めていると批判しておりますが、どこをどう読んでも、本のことは批判されておりません。
記事に書かれているのは、思い込みが激しく、マイペースで、ろくに調べもしないで、断定的に物を言うという、ザ、百田尚樹です。皮肉は効いておりますが、批判などというものではなく、何よりプロデューサーの書いたままを記事にしているだけなのです。
切り貼りはしておりますが、どこが卑劣か、さっぱりわかりません。
また、百田氏に言論の自由はないのか?という、彼を擁護する声も聞こえて参りましたが、ほとんどが百田氏の関係者というのが、また笑わせます。
松井一郎、花田紀凱、そして辛坊治郎!
素晴らしい面々です。出版社の損得で、記事を決める、売れる作家を守るのは当たり前だ、などと嘯く御仁が、言論の自由とは、片腹痛い。ラジオで、せせら笑いながら、葬式の費用は、折半が当たり前だろうと放言し、自己責任のことをことさら強調したお方が、無謀な航海にでて、遭難したら自衛隊の方々に助けてもらい、ほとぼりがさめてから、しれっとテレビに出ているお方らしい物言いです。
百田氏に言論の自由は、勿論あります。当たり前です。
ただし!
それが、他人様に迷惑をかけたり、他人様を貶めるような、嘘八百なら話は違いますよ。これまた当たり前ですけど。
例えば私が、百田尚樹氏が、犯罪者だと言えば、これは立派な名誉毀損にあたります。嘘だからです。しかし、それを、言論の自由とは言わないでしょう。
例え非公開の場所であろうと、横に記者が張り付いていれば、そりゃ声も漏れるでしょうよ。書かれて困ることを発言しておいて、後からあーだこーだと弁明するのは、みっともないだけです。
言論の自由、これはもっともです。何より尊重されなければなりません。しかし、自由を守るためには、言論をする側にも、責任が生じます。言いたい放題言っておいて、その発言のおかしさを指摘されるとブロックし、そこでまた言論弾圧などと、よくも言えたものです。
※最近思うのですが、このひと、討論って出来るのでしょうか。
自分と考え方が近い方と一緒に、何かを罵倒するのは、よく見るのですが、論戦というのを、私は見たことがありません。
週刊新潮の、今回の発言を取り上げた記事に対する反論も読みましたが、ほぼ予想通りの内容でした。
素人の勝手な想像ですが、「探偵ナイトスクープ」においても、彼は恐らくアンタッチャブルでしょう。制作会議でも、彼の意見に反論などできないような存在だと思います。
だからこそ、自分の書いたものや、意見を否定、反論されると、物凄くむきになり、感情を露わにする。
今回もそうです。誰かが書いておりましたが、恐らく講演のネタなのでしょうが、バヌアツを貧乏長屋にたとえて、あそこは金がないから、誰も泥棒が入らない、アイスランドも氷しかない、資源もないから、誰も襲ってこない、だから軍隊がないという話に対して、アイスランドはタラ戦争というのがあり、沿岸警備隊が武装している、国民の所得も高いと指摘したら、すぐにブロックされたと。
間違っていたら、認めれば良いではないですか。