高校生の子供(娘)が、食事をしながら、今年一年を現す漢字一文字な話になり、「絆」が有力だとネットで盛り上がっているそうです。

その一方、同じくネットで、風評被害で被災地の方や作物を阻害したり、被災地を荒らしている連中が山ほどいるのに、何が絆だという批判もわんさか来ているそうです。そして私の子供もそう思うと言いました。

カチンと来ました。


そして思わず言ってしまいました。

「そうか、おかしいと思うか。じや、何ならいいんだ?」と。


答えられないんですね。

これが今の子なのです。

いや、大人もそうです。

否定、批判はする。しかし肯定が出来ず、代案が何もないのです。


買い物に行ってもそうです。これはない、これはない。

あり、がありません。


だからネットでも批判、批判、批判ばかりです。


批判するのは簡単です。そしてその方がかっこいい。


昨日私は、ドラマ「火車」を称賛しました。傑作だと申しました。


繰り返し見たり、原作を再度読めば「ありゃりゃ?」というところは山ほど出てくるでしょう。それくらい、あの原作は飛び抜けています。


でもね、あのテレビ朝日で、しかも土曜ワイドの枠で、スポンサーの様々な制約のなかで、あれ以上何を望むというのですか?


批判されなければならないのは、あれだけの原作を未だに放置している映画界のほうではないですか!


名作と名高い小説の映像化には高いリスクが生じます。原作が優れているのですから、うまくいって当たり前、失敗すれば猛烈なバッシングを受けます。


映画界はチャレンジすらしておりません。それに比べれば遥かに立派です。


話がそれました。


批判するのならば、私ならこうするくらいは言ってご覧なさい。「苦」でも、「災」でも、逆に「希」でもいいじゃないですか。

その程度すらなしに、否定だけするなよ、と私は優しく言ったつもりでしたが、それ以来、若干ギクシャクしております。