今日は母ミチヨが同級生のお葬式、両親と同居している姉は出張前乗りということで父アキラが実家で1人と聞いたので夕食を我が家で一緒に食べる事にした。
夕食と言っても水餃子のみ。
ちなみに我が家の餃子にはセロリが入っている。
食べても全然わからないけど。
104個包んだ。
父が到着してから母が既に葬儀から帰宅しているのを聞いたので、結果母も呼ぶ事にしたがなかなか来ない。
→歩いてきていた
餃子を食べている間中、ずっと葬儀の話
→わかるが、わかるけど…
亡くなられた方は母ミチヨと同郷だが、生前は他県に住んでいたので葬儀の場所を聞いたら
「坂の東やて!」
どこのだよ!!!
とりあえず、食後にコーヒーとマロンパイを進呈した。
ちなみにもうすぐ母ミチヨの実家が取り壊される。
祖父母は亡くなって久しいが、今までその実感がなかった。
きっとそこに家があったからであろう。たまに行ったりもしていたので、まだそこには生活の気配が少なからず残っていた。
その家が無くなった時に初めて私は祖父母がいない事を実感するであろう。
家に行くと祖父母がいなくても、やはりおばあちゃんちに行った、そんな気になっていたのだ。
でも、もう本当におばあちゃんに会えない。
しゃっくりが止まらなくて困ってキッチンにいる祖母に伝えに行ったらそこで「わっ!と」驚かされた。驚いて泣いたらしゃっくりが止まっていた。
家の床下換気口に何の蓋もしてなかったので、猫のチャコちゃんがよくそこに入っていた。呼んでもなかなか出てこない。
3歳の頃、数ヶ月預けられていたのだが、おばあちゃんは私が寂しい思いをしないように日々色々演出をしてくれていた。
一番記憶にあるのは縁側に小さな机と椅子をセットして外を見ながらモーニング。ミチヨのより豪華だった。
ニンジン嫌いな私の為にニンジンとリンゴでニンジンジュースを使ってもくれた。
奥のお座敷には、雨でも遊べるようにとおじいちゃんがブランコを作ってくれた。
猫のチャコちゃんは元々はミチヨ達が飼っていたのだが、私を妊娠した為におばあちゃんちにやって来た。そのチャコちゃんはミチヨが来ると知ると、ミチヨに贈呈する為にと玄関土間にネズミを獲って持って来た。
お正月になると親族で豆炭コタツに入ってお茶を飲んだ。
なせか壁に貼られた着物を着た美女達のポスター。
喧嘩ばかりする祖父母だったけれど、ある日ローテーブルに2人並んで座って野球を観ていた。
洗面所は土間の横にあるので、靴を履いてそこに行く。
お風呂は檜風呂。
作り直した時は電話がかかってきて、わざわざ入りに行った。
母の洗うタオルは臭いが、祖母が洗うタオルが臭かった事はない。
トイレはもちろん外。
でもいつも綺麗だった。
少しでもトイレが怖くないようにと、ペーパーホルダーの芯?から音楽が流れたことがあった。
夜の玄関は電気をつけるとすぐに蛾が集まる。
怖くて仕方がなかったが、私が1人で外のトイレに行けるようになるまで、おばあちゃんだけがずっと付き添ってくれた。
そうなのだ、祖母は故郷より都会に住む子ども達や孫達に自分達の家を不快、不都合に感じさせないように沢山沢山気を遣ってくれていた。
古くて建っているのもやっとな家だけど、祖母の愛情が沢山詰まっている家だった。
微妙な思い出を書いてしまったが、もっと沢山の思い出がある。
家と一緒に消えてしまいそうに感じて悲しくなってしまうけれど、その反面、母達の世代で取り壊してくれるのは有難い事だと頭ではわかっている。古民家と呼ばれる程の家でもないし、ミチヨ達兄弟は全員外に出ているので誰も住む事もないし、今後は管理も難しくなる。
空き家のまま放置して朽ちてく家も多い中、取り壊しまでやるのはむしろ立派だとも思う。
だから、あんまりメソメソしずに前向きに捉えていこうとも思う。
と言うか、ミチヨ達は心底寂しいと思う。
ミチヨに至っては寂しすぎて変になってハイ状態になっている。
寄り添うのは難しいけど、もうちょっと優しく見守れるようにしたいと思う。