「私は幸せになってはいけないオンナなの」
治療ベッドでそう呟いた。
俺はドキッとして尋ねたんだ。
1月のおわりになると何故だかいつも不思議と
杏子という側弯症の女性を想いだすんだ。
治療家駆け出しだった自信満々だったあの頃に
俺は大きな壁にぶち当たったんだ。
症状がいっこうに変わらない。
いや、その場ではよくなっても
数時間すると痛みがぶり返してしまうのだ。
何度挑戦しても、精々もって1日
自信満々だった若かりしの俺は
完全にお手上げだったんだ。
この側弯症の杏子を治したいと思った。
治すためなら、、、と深く杏子の中に
ドップリと生活の一部を持っていかれたんだ。
何で治んねーんだろーって
ずっと考えてた。
そして、ある日呟いた一言がコレ
「私は幸せになってはいけないオンナなの」
俺は「何の話だ?」と尋ねた。
治療ベッドで深くため息をつく杏子。
そして、何があったのかなかなか言わない。
じれた俺は次々に質問していったんだ。
いじめっこだった?
借金がある?
親とうまくいっていない?
どれもこれも外れたが、気が付いたのは
聞き出してほしいという表情を杏子はしていたんだ。
気のせいだろうか、いやそれは間違いなさそうで
彼女も当ててくれるのを待っていたのだ。
更におれの質問は続く。
友達を裏切った?
痴漢や暴漢にあった?
そして、とうとうこれしかないモノを絞りこんで
それを言った質問に杏子は泣き崩れた。
その日の治療をあきらめ
帰り際だった杏子は立っていたが、
その場で泣き崩れたのだ。
その質問とは
「子供をおろしたことがある?」
だった。なんて残酷な質問なんだ
と思いながらも放った言葉だった。
その瞬間、膝が砕けペタンと床に崩れ泣き出したのだ。
それは25才の大人が出す泣き声ではない位大きな泣き声だった。
15分以上泣いていた杏子の背中を擦っていると話し出したんだ。
「私、高校生のとき先生が好きで
卒業してから付き合ってもらったの。
でも先生は奥さんがいて、、、
でも、私のことも好きだからって」
要約すると高校生の時の先生と不倫をしていったんだ。
本気になってしまい、カラダを許した。そして子供ができた。
自分を好きだと言った先生は杏子を選ぶことが出来なかった。
そして杏子は産みたいと話したが、それは叶わなかった。
産婦人科で一緒に付き添ってくれた先生。
しかし子供をおろすと消えていなくなってしまった。
大好きだったヒトの子供を宿し、打ち明け、喜んでもくれたが
最終的にはおろされ、最後はその恋人も消えた。
そのとき思ったらしい。
全て一度に幸せを取り上げられて死にたいとも思ったようだ。
杏子の中の常識を大きく越えたその出来事は
大きなストレスとなり、トラウマとなった。
そんな思いが一気に俺の質問により
重く蓋をしていた杏子のトラウマの蓋が
吹き飛び一気に泣き崩れたのだった。
不倫を堕胎をと至って常識的な
当時の18歳か19歳の少女の心は
酷く後ろめたさを感じたのだろう。
15分してしゃっくりのような泣き声に
変わったから俺は杏子を立たせたんだ。
すると身長がすごく高くなっていて驚いたんだ。
側弯を確認すると差異が無くなっていた。
ホントにキレイに左右が揃っていたんだ。
それどころか顔は晴々として
見た中で一番きれいな顔になっていた。
そして、あんなに痛がっていた腰痛は
ピタリと無くなったんだ。
大脳の記憶で自分自身に降りかかる大きなストレスは
トラウマとなるかもしれない。
そしてそれは同じく中枢神経を緊張させ
背骨を歪めるかもしれない。
心療内科の医師がそう言った。
それは大脳の表現として
側弯症になる事はあるかもしれない。と。
杏子はその後どうしているのだろうか。
幸せを掴んでいて欲しいと想っている。
おれはいまオーストラリアに向かう機内にいる。
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