Quegiroのブログ

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趣味的な事柄を中心に気の赴くままに綴っていこうと思います。

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ブロ友のmomさんから頂いた生梅を氷砂糖に漬けてみました。

 

 

左の小梅も右の青梅も1kgで、氷砂糖は梅と同じ重量です (というか、小梅1kg以上送ってくださいましたか、momさん?)。容器は果実酒用の2ℓ瓶です。原材料の嵩の目算を誤ったようで、小梅が6粒と青梅が2粒、瓶に入り切りませんでした。全体が目減りしてきたら追加します。

 

 

漬けて2日目です。もう汗をかき始めています。

 

 

その後さらにシロップが増えてきたので、梅全体に行き渡るように、瓶を持って上下左右にぐるぐる回しました。瓶に入りきらなかった残りの梅も追加しました。

 

 

そして3日目。もうこんなに成長しました。

 

 

蓋を開けて臭いをかぐと、右の青梅のほうから、かつて天然パン酵母を培養したときの初期段階と似たような微妙な臭いが… はっきり言うと腐敗臭のような香りです。果たしてこの段階で良いことなのでしょうか? 正直 Goddamn!!! と焦りました。

 

空気に触れている部分が多いのがいけないのか? と思い、手元にあった上白糖を振りかけました。でも、シロップの上に出ている梅の表面積に対して焼け石に水です。しかも、よく考えると、発酵もしくは腐敗を促しただけではないでしょうか。嗚呼。

 

 

そしてやきもきしながら4日目。シロップの割合がはっきりと増えています。

 

 

匂いを嗅ごうとして蓋を開けると、ガスの勢いで顔中に小さな滴が飛び散りました。次回から要注意ですね。匂いはというと、左の小梅はフルーティーな麗しい香りです。

 

そして恐る恐る右の青梅の瓶を開けると… 何と、あの微妙な腐敗臭は完全に影を潜め、果実酒のような香りが! 明らかに発酵しております。シロップの表面にも細かい気泡が浮いてます。天然パン酵母を培養したときのプロセスと同じような香りの変化です。

 

 

梅シロップとしては失敗なのでしょうか? 初めてなのでよく分かりません。でも、うまくいけば2つの違った風味が楽しめそう。期待に胸が膨らみます。

 

何はともあれ、毎日眺めているだけで飽きません。妻に「本当にそういうの好きだよね~」と言われています。

先日、ブロ友のmomさんからまたもや嬉しい贈り物が! 包みを開けるとそれだけで部屋中に得も言われぬ香りが…

 

 

青梅1kgです。そしてこちらも!

 

 

杏色の小梅1kg。熟しても枝から落ちない不思議ちゃんとのこと。いや~、それにしても、梅の実ってこんなにいい香りだったんですね。これまで加工物にしか触れてこなかったのでびっくりです。息子を呼ぶと、目をぱちくりさせてクンクン嗅ぎながら「いいにおいだね!」と何度も言っていました。

 

梅初心者なので、まずは梅シロップあたりからでしょうか。momさん、深謝です! 

プラレールで楽しもう!「DD51重連・急行ニセコ(旧型客車時代)」の車両改造シリーズも、大がかりな改造は旧型客車の「スハフ44形」を残すのみとなりました。手動ブレーキと車掌室を備えた緩急車です。まずは改造前の形式であるスハ45形です。

 

 

この形式を次のように改造します。

 

 

作業の結果、次のようになりました。

 

 

なかなかいい感じです。両端のドアとベンチレータが移動しているのが分かるでしょうか? 改造作業はこちらのサイトを参照しました。なかなか難儀でした。次の画像はベンチレータの移動前と移動後です。

 

 

移動後に残った跡を消すのがひと作業でした。プラバンとエポキシパテで出来た穴を埋めた後、やすりをかけて均し、靴クリーム塗布用のブラシ+ラッカーパテでオリジナルの風合い ― キャンパス張り ― を復元しました。

 

妻面も改造しました。こちらは改造前の形式、スハ45形です。

 

 

これを次のようにしました。

 

 

具体的には、窓を開けて尾灯を設置しています (接置は誤変換)。

 

 

尾灯の赤色は半球形の赤いビーズで表現しようと考えていたのですが、適当な素材が見つからなかったので、赤瑪瑙のラウンドカボション(半球形カット)を使いました。でも、最後尾車でも赤く光ってくれないので正直失敗です。

 

と、ここまで書いたところで、注文してあったHOゲージの車番インレタが手に入ったので貼り付けてみました。

 

 

やっぱりプラレールでも車番があるといいですね。こうなると俄然、他の車両にもインレタを貼りたくなってきました。でも、お目当ての車番をそのまま載せたインレタシートが入手困難なので数字を1つ1つ切り貼りしなければならず、そうなると、数字が曲がったり上にずれたり下にずれたりするという問題が高確率で生じるのです… やりたいけど、失敗すると面倒… ということで思案中です。

まだ幼い頃、夜寝付かずにいつまでも起きていると、祖母や母から「かますのおじさんがやって来るよ」と言われたものです。私と妹は恐怖に打ち震え、必死に目を瞑りながら、早く寝よう寝ようと努めました。

 

 

夕方、遅くまで遊んで家に帰りたがらないときも、かますのおじさんの足音がひたひたと聞こえてきました。かますのおじさんは、いつも茜色の夕暮れや夜闇を背に、俯き加減に立っていました。

 

 

私はかますのおじさんがどのような風体をしていたのか知りません。祖母や母親に尋ねた記憶もありません。ただ、藁で編んだ大きな袋を背負い、親の言うことを聞かない子供たちをその中に詰めて攫っていくことだけは知っていました。

 

 

連れ去られた子供たちは、二度と親元へは戻れません。

 


あの、私の中で忘却の彼方に沈みつつあったおじさんが、いま再び息を吹き返しました。息子の誕生と共にです。

 

 

風呂上り後、なかなか布団に入ろうとしない息子に「かますのおじさんが来るよ~」と一声かけるや、彼は脱兎のごとく母親の待つ布団へと向かいます。

 

 

昭和から令和、そして、札幌から埼玉へと時空を超え、かますのおじさんは生き続けます。

今を去ること5年前の2018年秋にヤフオクで山椒の種を落札し、

 

 

プラポットに蒔きました。

 

 

無事発芽して双葉が開き

 

 

本葉も展開しました。

 

 

その後も順調に成長を続け

 

 

小さいながらも樹木の苗らしくなりました。

 

 

苗の成長と同時に間引きを重ねながら最終的に4株まで絞り込みました。

 

 

山椒は、雌花を咲かせる木と雄花を咲かせる木が別々です。でも、花が咲くまで雌雄の別が分からないので、苗の間引きはまったくのギャンブルでした。でも結果は上々。最後まで残った4鉢は、雄株1つと雌株3つだったのです。こちらが雄株。

 

 

残りが雌株です。

 

 

挿し木ではないので、株によって樹形が異なります (遺伝的多様性)。今年は風媒や虫媒といった自然受粉に任せたのであまり結実しませんでしたが、いくつかの花房は実を結んでいます。

 

 

こちらは去年の実がそのまま残ったものです。

 

 

ところで、山椒は一般に棘がすごいのですが、

 

 

今回の実生苗には棘がないものもありました。棘無しだと何かと作業がしやすいです。

 

 

5月になるとアゲハがやって来て悪さをします。

 

 

こいつの臭角は小さくてもなかなかの香りです…

プラレールでDD51重連・急行ニセコを編成するのに必要な旧型客車も、残り2種類になりました。グリーン車のスロ62形と、車掌乗務用の緩急車スハフ44形です。ちなみに「ス」は車両の重さ、「ロ」は2等車・グリーン車、「ハ」は3等車・普通車を表示します。「フ」は手動ブレーキのついた緩急車です。

 

さて、今日は前者のスロ62のご紹介です。改造にあたってはこちらのサイトを参考にしました。この車の製作には、旧型客車の車体の部分(青枠)と

 

 

SLやまぐち号の観覧車から切り出した屋根の部分(青枠)が必要で

 

 

この2つを切り継いで作成します。改造前の屋根はこのような形でしたが、

 


不要部分を削ってクーラーのみを残した後、旧型客車の屋根から切り出したベンチレータを載せました。

 

 

削りの作業とそれによってできた穴をパテで埋める作業はなかなかしんどかったです。実は、実車のほうは屋根の上に次のような冷房機器(AU13形クーラー)がついていましたが、

 

 

このHOゲージの部品が手に入ったのは改造が終わった後だったので取り付けは断念しました。これがやや心残りです。作り直したい気もします。次は側面です。

 

 

後方のドアを埋めました。グリーン車マークはHOゲージのインレタを利用しました。

 

 

車両の等級を示す若葉色の側線は「TAMIYA カラー TS-60 パールグリーン」で塗装しました。マスキングを念入りに行ったので綺麗に塗れて満足です。

 

 

普通車のスハ45と連結してみました。

 

 

なかなかいい感じです。クーラー積載による低屋根化も表現できました。この車両は、改造プラレール初心者の頃に作ったので細部の粗 ― 特に屋根と車体の結合部分の粗さ ― が目立ちますが、雰囲気は出ているような気がします。でも、やっぱりもう一度きれいに作り直したい…

今の若い方はご存じないかもしれませんが、私が子供の頃はまだ、旧型客車と呼ばれる車両をディーゼル機関車が牽引する列車が走っていました。旧型客車は、現在の電車とは違って自動ドアを備えておらず、手で内開きのドアを開閉していました。信じられないかもしれませんが、その手動式ドアが開いたまま走っていることもありました。

 

 

 

 

グリーン車を除いて冷房は設置されておらず、夏は天井の扇風機を回しながら窓を開けて走るのが普通でした。トイレは開放式トイレと言われ、線路の上にそのまま汚物を…という時代です (気になった方は「黄害」でご検索を)。走行中に便器の中を覗くと、弁のようなものの隙間からそのまま下にある線路の枕木が見えていた記憶があります。

 

とはいえ、旧型客車にもいいところがあり、それは車内がとても静かだった、ということです。機関車に牽引されているので下からエンジン音が聞こえることもなければ、手動式ドアなので自動ドアが開閉するプシュー音も聞こえないし、扇風機をつける必要がない季節は冷房などの空調音も聞こえませんでした。停車中は本当にしーんとしていました。

 

出発を告げる機関車の汽笛が鳴った後、少しの間をおいてから「ガタン」と動き始め、その後はそうした静寂の中でレールのジョイント音だけが聞こえる・・・ 本当に懐かしすぎます。

 

そんな旧型客車も1986年に廃止となりました。わが地元の中心駅である札幌駅の隣に苗穂駅という駅があるのですが、そこから見える車両工場の留置線に、もう使われることのない青い車体の旧型客車が何両も放置されていたことを覚えています。1980年代の終わり頃の話です。

 

と、思い出話が長くなりましたが、急行ニセコにも1981年まで旧型客車が使われていました。普通車のスハ45形、普通車で車掌室と手動ブレーキの付いたスハフ44形、グリーン車のスロ62形500番台です。

 

今回はそのうち既存車4両をスハ45へ改造します。ただ、改造といっても、形式はプラレールで一般的な旧型客車 ― スハ43形 ― がほぼそのまま使用可能なので、塗装による色変更のみです。改造の種車として、イベントで配布された非売品の旧型客車をヤフオクで入手しました。

 

 

この派手な車両(シールを剝がして塗料も除去済み)を次のように塗装し直しました。

 

 

実際はもっと地味な色合いの青で、屋根も黒に近い色です。

 

 

なかなかリアルな色を画像で再現できません。

 

 

急行ニセコ用の旧型客車の普通車は、屋根がグレーに塗装されたものがNゲージやHOゲージで販売されていますが、記録に残っている映像や画像を見る限り、実車はSL時代も含めて黒いキャンバス張りだったのではないかと思われます。

 

 

そこで屋根はTAMIYAカラーのTS-63 NATOブラック(黒に近いつや消しのチャコールグレー)で塗装し、さらにつや消しのクリア塗装をしました。色の選択にはこちらが参考になりました。他方、車体と雨樋はTAMIYAカラーのTS-15ブルーで塗装し、半光沢のクリア塗装をしました。 ベンチレーター(屋根の上の出っ張り部分)は最初グレーに塗装しましたが、あまり見栄えが良くなかったので屋根と同じ色にしました。

 

なお、上の実車画像を見ると、3両めの客車だけ屋根が鋼板っぽいので (気のせいか?)、プラレールのほうも1両だけ灰色に塗装しました。

 

 

鋼板の屋根だとすれば質感も変更したほうが忠実なのでしょうが、本当に鋼板なのか不確かであり、かつ、そこまで加工する気力もなかったので、オリジナル車両の質感のままです。連結器はこれまでと同じく黒に染色し、つや消しのクリア塗装をしました。今回の塗装に用いたサーフェイサーと塗料です。

 

 

サーフェイサー

「Creos Mr.サーフェイサー1000 グレータイプ B-519」

屋根

「TAMIYA カラースプレー TS-63 NATOブラック」

「Creos Mr.カラースプレー 軍艦色(1) S-31」

「Creos Mr.スーパークリアー つや消し B-514」

雨樋・本体

「TAMIYA カラースプレー TS-15 ブルー」
「Creos Mr.スーパークリアー 半光沢 B-516」

昨年末から今年の頭にかけて、プラレールで「DD51重連・急行ニセコ」を編成すべく、既製品プラレールを改造してきました (先日の記事はこちら)。

 

 

* * *

 

 

旧型客車時代の上り急行ニセコ(札幌⇒小樽⇒長万部⇒函館)は、1971年秋以降、非電化区間のうち小樽⇒長万部を、ディーゼル機関車DD51の2両連結 ― DD51重連 ― を牽引機としていました。この区間は勾配が厳しくてカーブの多い山線で、機関車1両では9両もの郵便車+旅客車を牽引することができなかったからです。

 

 

 

 

プラレールでも、先頭の動力車1両で残り9両の非動力車を安定的に牽引するのは困難なので、実車に倣って動力車のDD51を重連にすることにしました。ただ、プラレールのDD51は常に先頭車として機能することを念頭に製品化されているので、連結器のオス側がありません。そこでこちらのサイトを参考にして取り付けてみました。

 

まず、次の画像で赤丸によって囲まれた出っ張り部分を目印に連結器を通す穴を作ります。

 

 

 

 

その穴ができた状態です。

 

 

 

次に、その穴の後方に、直径3mmの鍋頭ネジを通すバカ穴を2つ開けます。バカ穴とは「ネジの直径より大きくてネジ山が刻まれていない(=雌ネジになっていない)穴」のことです。

 

 

 

そのバカ穴に上から直径3m×長さ8mmの鍋頭ネジを通します。ネジは目立たないようにするため黒色のものを選びました。

 

 

このネジの飛び出た部分に長さ4mmのスペーサー (次の銀色の部品) を咬ませます。

 

 

 

最初にあけた穴に連結器を通します。これも目立たないように黒の染料で着色し、つや消しのクリアスプレーで塗装しました。

 

 

 

連結器が外れないように、直径3mmの雌ネジ(ネジ穴)を開けた蓋を被せ、ネジを締めます。

 

 

 

この蓋は、厚さ2mmのプラバンを加工して作りました。このサイトを参考に、ピンバイスで直径2.5mmの下穴を開け、直径3mmのタップを立てました。やはり黒く染めてつや消しクリアを吹いてあります。

 

 

 

これで連結器取り付け完了です。ひっくり返すと次のようになります。

 

 

 

先頭の動力車と連結してみました。いい感じです。全く違和感がありません。

 

 

 

試しに先に作製した郵便車2両と連結してみました。

 

 

 

おお、本来は子供用の玩具とは言え、「JRではなく国鉄」そして「令和ではなく昭和」の香りがするような気が。感性が瑞々しかったあの頃にタイプスリップした気がして、少しうるっとしました。なお、郵便車と質感を合わせるために、DD51のほうにも半光沢のクリアスプレーを吹き付けました。

 

ニセコは急行列車だったので、この重連化に加え、オリジナルのモーターを牽引力と回転数の大きいTAMIYAのハイパーダッシュ3モーターに交換して高速化を行いました。

 

 

 

残るは、この4両に続く旧型客車7両の製作・改造です。

息子が生まれてしばらく経った頃、ベランダの植物のほとんどが一斉に枯れました。おそらく子育てで手が回らなくなったせいでしょうが、その一方で、愛情のほぼすべてが息子のほうに行ってしまったからか? と考えたこともあります。いずれにせよ、以降、我が家にある鉢はアロエ・ベラと山椒だけになりました。

 

その後3年余り、彼らと関わる以外は植物とは縁遠い生活を送ってきました。子育てに加え、コロナ禍での在宅勤務が想像を絶するほどに忙しく、それ以前のような精神的余裕を失っていたからかもしれません。それが、今年になって急に植物に目が向くようになりました。

 

可能であれば、我が実家のすぐ近くにある自然林(野幌原始林)のような場所に足を運びたいものですが、そこまでの余裕はありません。そこで今は近所の公園に生えている野草を眺めることで満足しています。

 

今日ご紹介するのもそんな植物の1つで「ヒルザキツキミソウ(昼咲月見草)」です。前に画像でご紹介したユウゲショウ、コバンソウ、カタバミや、ドクダミ、カラスノエンドウなどに交じって可憐な花を咲かせていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

アカバナ科マツヨイグサ属の多年草で、北米原産の帰化植物です。観賞用に栽培されていたものが野生化したものとのことです。同科同属のツキミソウ(月見草)が夕刻以降に花開くのに対して昼間に花を咲かせることからこの和名を得たようです。花が派手なので、群生するよりもポツンポツンと咲いているのが好みです。

 

いやあ、それにしても、改めて調べてみると身近な野草に帰化植物が多くてびっくりしました。

近所の公園に野草探索へ出かけたところ、針葉樹と広葉樹が入り混じる薄暗い林の下草が茂っているあたりに綺麗な黄色い花を発見。

 

 

 

 

 

 

 

 

草丈が10cmほどしかなく、葉の下に小ぶりな花が隠れがちなので、注意していなければ見過ごすところでした。その可愛さに「ひゃー」と思いながらすぐにカメラに収め、家に帰って調べてみました。今は画像検索があるので、図鑑のみに頼っていた昔よりもはるかに楽です (その代わり頭は使わなくなったかも)。

 

程なく身元が判明しました。サクラソウ科オカトラノオ属の多年草「コナスビ」です。漢字では「小茄子」と書きます。「何でコナスビなんだろう? 花はナスに全然似てないけど…」と思ったら、その果実を小さなナスになぞらえたのがこの名前の由来とのことでした。

 

更に調べると、実家近くの森 ― 札幌近郊の野幌原始林 ― にも群生が見られるとのことです。でも、向こうにいるときは全く気づきませんでした。

 

それにしても、こういう地味で可愛い植物、大好きなんですよ。実が採れたら鉢に蒔いてみようと思います。今から結実の時期が楽しみです。