なんなんでしょう。本当に。
あっそじゃ済まないな、さすがに。
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今日の私。
不要不急の真逆(どーしても急な用があるの)のため都内に外出。・・こんな 変な覚悟をもって出掛けるのは震災直後の原発爆発以来でした。・・変でしょ。どう考えたって。台東区の工場へ出向くのに命のリスクを懸念するとか。でも、これが本日の現実。大げさじゃなくて、ふつうに。
余談ですが 工場から徒歩圏にある永寿総合病院は、私がまだ法人として台東区に事務所を構えていた時代(2015年まで)、年に一度の定期健診でたひたび利用していた馴染みのある病院でした。当時、検診先は10件くらいある中から選べたんだけど、あえていつもここにしてたんですよね。上野界隈の中では最もハイカラだったんで。設備も受診科もしっかりしててね。
そこが今まさに 都のクラスターの震源地みたいなことになってしまっていて。・・あっそじゃ済まないです。気の毒すぎて。他人事にも思えなくて。バッシングとか絶対しちゃいけない。誰も悪くない。一日も早く、そして犠牲は最小限で、どうか。
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昨日は雪で、今日は晴れたけれど空気が冷たく、
しまったコートを再度出して出掛けました。せめてお気に入りの色とお気に入りのjewelryで気分を上げたかった日。
outer: 45R
skirt: Adam et Rope
shoes: Camper
bag: FENDI
jewelry: QueensMarkTokyo
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御徒町の問屋街は、営業自粛でシャッターが閉まっていた店舗が2割くらいだったかな・・。仲間にきいてみたら、インド人やスリランカ人が経営する店舗や会社は感染を懸念して休んでるところがけっこうあるとのことでした。やっぱり警戒心は外国人のほうが強いのかな。それとも、ほんとは日本人のほうがずっと強いのだけれど、休業の金銭補償がない以上、どうしようもないのかな。でも、じゃあ開けてたところで なんて話をしながら、ホントだよねと そんな会話をして、生き残れるかな?ホントだよね、とそんな会話もして、なんかこの20年 色々あったよね とか それでもよく残ってきたよな とか そこに答えがなくてもお互いそんなやりとりができる時間と空間がいつも通りで、泣けてきそうになりました。問屋街を歩くと、ブランクはあれど必ず誰かと再会するんですよ。おぉ、久しぶり!と。それが私の生きてきた町。まだまだ哀愁に浸る気はないけど、この問屋街がこの先もどうか このままであってほしい。多少変わっても、何かは、そのままで。
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そろそろ、「感染」と「発症」の線引きを、公がバシっとしてくれないなら個々で見出していかなきゃいけなくて、軽症・中程度・重症・重篤の線引きも同じく、しっかりと理解・認識して見極めていかなきゃいけないんだな と 思うようになりました。トップが自粛しろというから自粛するんじゃなくて、みんながマスクしてるからするんじゃなくて、なぜその必要があるのかを根本から理解して、実行する。主体性をもって。
この先もし自分が呼吸困難になったら それはいわゆる「8割の軽症者」ではなく中程度~重症で、逆にちょっと38度の熱が・・なんてのは、それだけだと振り分け的にはおそらく「8割の軽症者」。収容できる患者(病床)の数と、人工呼吸器の数は限られているから、いま ちょぃと熱のある人間は検査ができないんじゃなくて、ほんとはしてあげたいけど陽性出ちゃうと強制入院でベッドが埋まっちゃうから&人工呼吸器がいらないなら治療薬がない以上入院しても寝かせてるだけで自宅と変わらないから、自宅で自力回復に努めよう、頑張れってことなんだろう。
心配だし不安だし怖いことだけど、医療崩壊という4文字が具体的にどういうことなのかを理解して、あぁそうか、じゃぁ仕方ない、今ちょぃと熱はあるけど現時点で自力呼吸さえしっかりできてるなら、指示通りしばらくは自宅で経過を見よう、って パニックにならず、必要以上に恐れず、己の状態と冷静に向き合えたらいいのだと思う。自分と医療機関、どちらも崩壊させないように。
私事ですが弟が先週38度の熱を出しまして これが新型じゃなくて通常コロナな時代なら「お大事にね」で済むのだけれど、今回ばかりはもしこの先呼吸が苦しくなったら、そん時は4日云々抜きにして、絶対我慢しちゃだめだよと強く言いました。心配ですよとても。でも私だけじゃない。きっと同じ状況にある人はいま、たくさんいる。どうか、もし仮にそうでも感染どまりか、いわゆる「8割の軽症者」でとどまりますように。皆も弟も、そして現時点で無症状の私も。
