健康保険限度額適用認定証 を申請しましょう。自分の毎月の収入より、1か月の支払いが限度額までとなります。これは手術とか放射線治療とかに本当に助かりますよ
申請するところは健康組合に連絡すると教えてくれます。また 国民保険の方は区、市役所へ。
では、
1月8日:全摘か一部摘出かを悩んで、お正月を過ごした私
息子の一言もあり、「一部摘出」でお願いします。と。
そこで、乳房部分切除+センチネルリンパ節生検(迅速なし) 説明 同意書にサインです。
私の場合、全て自分自身で同意書にサインしました。保証人が必要だったのは、入院の手続きだけでした。本人の意志が一番に尊重されるのでしょうかね
同意書の内容:病名 手術内容
センチネルリンパ節生検
あと合併症とその対応
あと、放射線照射 まで含まれてました。
よって、私には放射線治療について、選択はなかったです
この日はこれで終了(診療費 220円)
いよいよ、1月15日 手術前日 午前11時
お友達に同行してもらい、入院
私は6人部屋 お部屋の中にトイレ 洗面所はあり、家具で隣と仕切られていたので、ほぼ個室に近かったですか、やはり、お互い 看護師さんとの会話は聞こえますね
色んな科の人達が集まってます。
その日のお昼ご飯は、お友達と病院の食堂で食べました。
お喋りしながら、病室で待機。
前日にセンチネルリンパ節生検のための準備
右胸になんと
なんと
4箇所も注射💉を打つのです。その対応してくださったのが、
凄く若い男性の先生で、「痛いでよね、少し休憩しながらしますか?」とお声を掛けてくださるのですが、1本ずつ打つので、その度に 消毒の袋を開け、注射💉するのですがその準備に間があって余計に‥痛くて、痛くて、
「休憩はいりません、サッサと打ってください」とお願いしました。痛かった
また、一旦 病室に戻り、1時間したら、
先程、注射した液がリンパ節まで流れてるのかをMRIで確認します。
これはリンパに転移してるかを調べるのです。
その日これで終わり。すでに 夕方になってました。
通常のお夕飯
シャワー浴びて🚿21時から
絶食です。
ご近所の凄いいびき
にビックリ⁉️しながら
あと、抗ガン剤治療の痛みで唸ってる方は本当にお辛そうでした。私までドキドキで怖かったです。
手術当日 手術前までは食事以外は自由に動き回ります。
私はその日
麻酔科の先生がお忙しいという事で手術は3番目
弾性ストッキングを履いて、顔は乾燥が酷いのでパックしながら待ってました、
さすがに緊張しているのか、お腹は空かないです。なかなか 呼ばれず、駆けつけてくれた弟
息子はお昼に‥ しかも まだなので、息子は一旦外せない仕事へ。
3時30分 「行きますよ。」とお声かけかかりました。
全然違うよ。ストレッチャーに乗って
手術まで。「行ってきます」「大丈夫だよ、頑張って」
と想像していたのですが‥
実際は点滴を自分で押して、手術後の紙おむつをもち 看護師さんと地下の手術室まで お喋りしながら行きました
手術室に入ると、担当の先生が体育座りして、待ってました
よ。
手術台に乗り、手術する胸は「右?左?」と聞かれて、そこから 意識なし!
「〇〇さん」と声で目覚めたのは、自分のベットの上 隣に弟が居ました。思わず、仲良くなった看護師さんの手を握り締めていました。
弟曰く「呼ばれて、帰ってくるまで
ちょうど 2時間だったよ」との事。
「朝よりもう夕方だから、あとは寝るだけだから、この時間帯の方が良かったかもよ。」とも
あとからまた、息子も来てくれたが
兎に角 眠い💤のです。「帰って」と言って
うつらうつらです。看護師さんが30分後と様子見に来て 体温を測ってくれます。
辛かったのは、尿道に管を通していたのですが、それが捻れていて、残尿感がずっとあり、それが嫌で 夜中に1回だけナースコールしましたが
それ以外は朝まで問題なし。
翌朝 看護師さんに言われました。
「ナースステーションで昨夜 噂になっていて
凄く心配していた。」と
って感じ
理由は、全然痛がらず 鎮痛剤を求めず
大人しく寝てたからだそうです。珍しいと
心の中で、ずっとユニシティを飲んできたので
ようやく 免疫力と自然治癒力がついてきたからです
と‥お水は飲みたかったですけど
朝 尿道に入れていた管も取れると
「さあ!歩きましょう

地下のコンビニ🏪までお買い物もオッケーよ
何食べても良いよ!」と 普通に歩けました。
朝 先生が傷跡をみて、「明日 退院して良いよ」と そのあと退院して一週間後の傷口を診て貰うまで、先生にお会いする事は無かったです。
この日は流石にうつらうつらとして過ごしました。
4日目:10時退院 (診療費60,468円)健康保険限度額適用認定証を利用してるので
友達3人に迎えに来てもらって自宅へ
本当に友達に感謝


喉はやはり、麻酔の管を通していたのでまだ何か違和感がありました。歩くのは普通に
帰りに4人でお茶🍵をしたのですが、普通。
ここからです、私の苦悶が始まります。
抗ガン剤治療 を受けるかです。
この4人のお茶🍵な時も絶対受けるようにと説得されました。
でも、わざわざ 毒 を体に入れる必要があるかぁと‥ 自分らしく最後まで生きたいなぁと
息子や弟は最初から反対でした。
母も2年前 膵臓癌で9時間の手術を受けましたが
抗ガン剤治療 放射線治療はしてないです。
前回のブログ載せた通りで元気ですね。
いつもアドバイスをしてくれる彼からも色んな文献を調べて、サポートしてくれてます。
彼も手術から反対だったのですが‥
私は体の中 「悪い」があるなら、サッサっと取り除きたいと言うと 「じゃあその後をサポートしていくよ!」と (もし、彼のアドバイスを知りたいとお思いなら、お教えしますよ。あと「おやばかユニシティ」)も読んでます。
でも、それをしない事は、生きる事を放棄してるとも言われました。
仲良くなった看護師さんにも自分の気持ちを打ち明けたら、「自分の考えがしっかり、お持ちなら
先生もそれに対してサポートしてくれますよ。」と。
もう完治することはないのだから、どうやって
これから生きいくか
私は自分で生計を立てだしたばかりで、社会人2年目の一人息子に経済的に負担はかけたくない。 副作用で働けなかったら 収入がないと生活出来ないし、また 一人で住んでるので、その副作用に一人て耐えれないかも と本当にここからが私の苦悶の1ヶ月でした

息子は、本当に、それで100%と助かるので有るのなら 反対はしない‥と
今 世界では 癌⇨生活習慣病 と認識になってきてるとだから、もっと 自分で食事とかで対処して、アドバイスとサポートして貰っていけばと
「毎日 毎日 今日も無事に過ごせて感謝
」と思いながらいこうよと言われました。
でも、まだ 悩んで悩んで、色んな人の意見を聞いてました。
2月18日 最終診断⇨今後の治療方針を決める事になります。
それまで 私がやってた事はまたブログで
