こんにちはニコニコ

この数日、夏日ではありますが

気温が少し低くて楽な日が続いてました

皆様はいかがお過ごしでしたでしょうか。

 

 

 

 

ところで前回の続きを上げるつもりでしたが

ちょっと数日前に個人的に

大切なメッセージと気付きを受け取って

そちらを先に書かせて頂くことにしました。

 

けれど文章がすぐにまとまらず

投稿に数日空いてしまいました。

(ただの私の文章力の問題です笑い泣き

 

 

 

 

それは私にとっても、

人生で抱えていた大切なテーマの一つでした。

 

 

 

 

「自分の価値は外側にはない」

 

 

 

 

自分の価値を感じられない、という人が居ます。

また、自分にはこういう長所があるから

価値を感じられる、という人もいます。

 

自分の価値、その人の価値ってなんでしょう?

 

 

 

 

私は『意識』の世界に興味を持ってから

 

「自分の価値は自分が決める」

「自分の価値を外に探しても見つからない」

 

という言葉には沢山ふれてきて

今はそれをとても納得していました。

 

 

なぜ自分の価値を自分で決めるのか?

自分の価値は、自分にしか決められないからです。

 

これは、じっくり考えれば

とても分かることなんですが

ずっと外側に価値を求める意識で生きてきた場合

すぐには理解できないかもしれません。

(私も元々そうでした。)

 

 

 

 

自分の価値を、自分の外側の世界や社会や他人に求めてしまう。

つまり、自分以外の人間の評価で決めてしまう。

これが、人類共通で起きているマインドの罠と思います。

そして「承認欲求」の元でもあります。

 

 

 

 

そして私も、理屈やメカニズムでは理解していても

「自分の価値は外側にはない」

を100%腑に落としきって

それそのものとして生きれていたかと言うと

まだまだ全然でもありました。

 

 

それくらい、その意識の思い込みは

集団で起きているものなので

気付いて目覚めるには強いコミットが必要です。

 

 

 

けれど、この「価値を他人の承認で決める」

という幻想から抜けた先の天国が分かっているので

絶対にそうありたい、という信念が湧くのです。

 

なぜなら、そこを抜けた先に

本当の才能発揮と豊かさと幸福感が手に入る、と分かっていたら

絶対にそちらのほうが良いと思いませんか?

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな数日前の夜、私は好きなyoutube鑑賞をしてました。

その時とても久しぶりに

栗城史多さんの名前を目にしたんです。

 

それは有名な登山家さんが

栗城さんについてのコメントをしている動画で

それがたまたまお勧めに上がっていたのでした。

動画自体は少し前のものです。

 

 

 

 

栗城さんをご存知ない方は

検索すると分かるかと思いますが

彼は当時、若い人たちに向けて

冒険の共有という目的で

登山をリアルタイム配信する活動をされていました。

 

まだに現代的な

ネットやSNSを使った冒険家でありインフルエンサー

という感じの活動だったと思います。

 

 

 

 

私は昔、栗城さんをネット上で知り

面白い事をされてる方がいるんだなと

とてもワクワクした覚えがあります。

私が知った頃は

ひたすらエベレストを目指していたと思います。

 

そして当時の私はというと、

夢を見失っていて

心のなかで人生に迷っていた時期でした。

 

 

 

 

そこで、ヒマラヤという遠い世界を

ときおりリアル配信で見せてくれたり

「すごい時代だな!」

「本当にリアルタイムなの!?」

と驚いた記憶があります。

10年は経っているので、

今よりリアル配信が新鮮な頃でした。

 

 

 

 

そんな私は、途中から彼を知った

にわかな一視聴者でしたが

人生が行き詰って感じていた自分を重ねて

彼の冒険の成功を内心応援していました。

 

けれど途中から見る事が苦しくなり

自然と離れてしまっていました。

 

 

 

 

そしてそれから何年か経ち

私は彼が亡くなった事を知りました。

まだお若い年齢でした。

 

 

 

 

私が栗城さんに感じていた苦しい感覚は

私自身が人生の半ばから抱えていたテーマでもありました。

彼がだんだんと、彼自身の軸からブレだした印象を

感じてた人も少なくなかったのではないでしょうか。

 

私が一番に感じたそれは、

「楽しまなくなってしまっている」

という事でした。

 

 

 

 

最初に見た彼は、自分の冒険を

楽しんでいる人という印象だったのですが

私が彼を見始めてそう経たない頃から

彼の中に焦燥感と固さを感じるようになりました。

 

 

 

それは私もまったく同じ道を辿っていました。

 

私は人生で『楽しさ』を選んで生きていた時

トントン拍子に歯車が回って

お金も回り、宇宙が味方してくれている感覚で

生きれていた時期がありました。

 

 

それが、ちょっとした事をきっかけに

【義務(楽しさとは真逆)】を選ぶようになり

そこからどんどん人生が低迷して

お金もチャンスも喜びも失われていき

人生が分からなくなったんです。

 


 

 

 

 

それで、当時のことを思い出しながら

私は久しぶりに栗城さんの事を語る

その動画を再生してました。

 

そこには、私がネットで少し知っていた事や

感じていた事を含む当時の事を

プロの登山家さんの視点から、

丁寧に語られていました。

 

 

 

 

栗城さんの冒険の場合、

目的が「冒険の共有」であったため

ある種インフルエンサーとしての活動が大きく

常にオーディエンスが居て、

人の目がありました。

 

 

 

『人の目』

 

 

 

私は意識の事を勉強してから、

この要素が何よりも一番

人の意識をブレさせてしまう

要因なのだと知りました。

 

 

そんな中、栗城さんの冒険は

命の危険があると同時に

このインフルエンサーとしての『人の目』も

常にあったのだと思います。

 

 

 

 

そして、当時もインタビューなどを見て知っていた

栗城さんが冒険家を始めた経緯を思うと

この『人の目』『彼が冒険にかけているもの』が

本人にとってどういう意味を持っていたかが

想像ができる気がしました。

 

 

 

 

本来、登山などの冒険は

自分自身との戦いな部分が大きいと思いますが

彼の場合、『人の夢と期待』を背負っている部分が

多くを占めているように思いました。

 

 

 

 

私は動画を見ながら

一つの事で頭の中がいっぱいになっていました。

それは、

「もし私が身近な人間だったなら

どんな言葉をかけれただろう」

ということでした。

 

 

 

 

それは、彼の陥った心の状態が

私自身にも他人事ではない、

多くの人が陥りやすい事と思う、いえ

すでに陥っているであろうと思う事。

 

とても分かる気がするし、

なにより自分を含む身近な人にも

起きる心理だろうと感じたからです。

 

 

 

 

もし自分自身や、身近な人がそんな心理状況になった時に

今の私がそれを救える言葉を言えないなら

本当の幸せを求めて

自分の意識と向き合ってきたこれまでの意味がないじゃないか

そんな考えがやみませんでした。

 

 

 

 

そしてしばらく当時の彼に向けた

色んな言葉を考えました。

それはむしろ、自分自身を救うと仮定した

シミュレーションだったかもしれません。

 

ですが、どれもいまいち

芯をついた言葉が出てきませんでした。

 

 

 

 

私が昔、とても苦しかったある時期

頑張ってもどんどんブレて行っていまうあの頃

まさに、そんな軸のブレた状態でした。

 

けれど、本人はある種必死で命がけなので

半端な正論を言った所で

当時の私には響かないと思ったんです。

全く同じではないですが、

当時の私は少し、栗城さんが陥っていた心の状態に

近かったように思います。

 

 

 

 

今の私が当時の時間に戻ったら、

選ぶべき道はもの凄く分かっています。

私の「楽しさ」に従うこと、

私の「直感」を選ぶこと、

私の「信念」を選ぶこと、

それを今、まさに実践して居ます。

 

 

 

けれど、『当時の自分を説得できるか』と言うと

決め手となる核が思いつきませんでした。

シミュレーションをしても

相手に響かないと感じました。

 

 

 

その響かないと感じたものがなんであったか

伝えるべき一番の核がなんであったか

その後の気付きで分かりました。

 

それが「存在価値」という部分です。

 

 

 

 

どんなに正論や思いやりや

実際に的を得ている事を伝えたとして

本人たちが、「自分の存在価値がグラついている」状態では

何を言っても響かないだろうと感じたんです。

 

 

 

私は当時、この罠にハマってしまっていました。

そのせいで、本来「楽しさ」から始めた事を

「義務感」などの、私本来の心声とは違う

エゴの声に従うようになってしまい

どんどん道に迷いだしてしまったんです。

 

勝手な推察ながら、当時の栗城さんにも同じものを感じてました。

 

 

 

 

 

「自分の存在価値がグラついている状態」

と言いましたが、

ここで一番重要な事は、

 

そもそも誰の存在価値もグラついていない

 

という事です。

 

 

 

 

 

けれど、その人の存在価値に

影響を与える事のできる人物が

ただ一人だけ居ます。

 

それが自分自身なんです。

 

 

 

 

この意識の真実を知らずに

さらに元々の自分の存在価値を

低く見積もっていたりすると

 

「外側の何かに自分の価値を認めてもらおう」

 

と必死になるラットレースに入ってしまい

生きるのが苦しくなってしまいます。

 

 

 

 

けれど、この意識の真実がしっかり腑に落とせてない状態で

たまたま何かを成功させたり、

人からの人気や賛辞を受けたり

「自分を認めてもいい」と思える何かを得ると

 

それを自分の価値と思い込んで

それに執着することになってしまいます。

 

けれどそれが幻想で、誤りなんです。

 

 

 

 

人生は波があるもので

それが地球の法則であり

この世界の当たり前の法則です。

 

晴れの日も嵐の日もあれば

暑い日も寒い日もあります。

その事で、自分の存在価値はゆるぎません。

 

だから、何かの成功、成果

それを「自分の価値」と紐付けるとしたら

それはとっても危ういことなんです。

 

 

 

 

私という存在の、最も核である大切な部分

 

「自分の価値」

 

その一番大きな土台部分は

嵐が来ようが、雪が降ろうが、灼熱の晴れだろうが

ゆるがないんです。

ゆるがせちゃいけないんです。

 

 

 

自分の大事な家の土台を

嵐や台風のたびに根こそぎ崩壊する設計にしちゃだめなんです。

 

その土台の設計を決められるのが、自分だけなんです。

 

 

 

 

じゃあどういう設計だと嵐でも土台がゆるがないのか

どういう設計だと簡単に崩れる土台の家になってしまうのか

それが

 

 

「自分の価値は外側にはない」

「自分の価値は自分が決める」

 

 

ということなんです。

 

 

 

 

 

自分の存在価値を、たとえば何かの数字、

収入や、成績

SNSでのフォロワー数、いいねの数

友達の数、何かの成果の数

 

 

そんなものに紐づけてしまうとしたら

あなたの存在価値は

その数字のアップダウンのたびに

フリーフォールのように激しく変動して

安心して生きる心地などしなくなるでしょう。

 

 

 

 

自分の最も大切な「価値」というものを

為替レートのように考えてしまっていたら

生きることは苦しみになってしまいます。

 

 

だから、自分の価値を放棄して

他人に決めてもらうという考えの先は

どう頑張っても幸せのゴールはありません。

 

 

それでも、その気持ちは私自身、とってもわかります。

 

だって、私達、そういう教育を受けてきましたから!笑い泣き

 

 

 

 

ほぼ幼い頃から、数字による成績と評価を受ける文化に居るので

そうなってしまうのは仕方のないことです。

 

同時に、人類全体の集合意識でも

自分の価値にさまよっている人が大勢で

承認欲求を埋めねばならないという意識が

とても強く蔓延してますから

その影響を受けるのは当然のことでもあります。

 

 

 

 

人が本当に欲しい承認は

自分自身の揺るがない価値感なんです。

 

だから、どんなに外側を探しても、

一過性の高揚感を得ることはあるかもしれませんが

そういうものは土台がないので長続きせず、

すぐに無価値感に陥り

もっともっとという事になります。

 

 

 

 

自分の価値は、自分で決められます。

 

 

 

もし今はそう思えなくても、

 

自分の価値は、自分で決められます。

 

 

 

 

まず、外側にはないこと

それを知ってください。

 

もしあまりにも外側を見すぎて

心がグラグラになっている人は

いったんSNSやネットなどの情報から

離れてみてください。

(一番、比較などのエゴの餌になりやすいので)

 

そしてただ好きなお茶を淹れて

好きなドラマを見たり

空を眺めたりしてみてください。

 

 

 

少しでも平和な気持ちが沸き上がってきたら

それが真実です。

 

 

 

 

 

 

私はこの事を知るようになっていたけれど

意識的に自分自身の価値について

考えて設定しきれてはいなかったんですね。

 

そんな100%ではない土台の弱さを

まだまだ感じていて

内心そこを変えたい気持ちがありました。

 

 

 

 

そんな先日の思考の直後

芸能人の方の訃報のニュースが飛び込んできました。

 

ショックなのと同時に

ここ数日で考えていた事が頭によぎりました。

 

 

 

 

これをきっかけに

私は、私自身の価値をあらためて

強く設定することをしました。

 

どこか弱かった部分が、

まだ100%ではなく実践中ですが

ゆっくり力強く固まっていくのを感じています。

 

なぜなら、自分の価値と自分の設定は

自分自身に決定権があるので

そう強く決めれば、本当にそうなるんです。

 

 

 

 

もし自分に少しでも力強さ、価値、自信を

もっと感じたい、と思うならば

自分がなりたい価値状態を

今日決めてみてください。

才能、経歴、年齢、何も関係ありません。

 

 

 

今思えなくても

必ずそうなっていきます。

 

 

 

外側の意見や目線は、天候のようなもので

簡単に変わっていきます。

揺るがない自分の価値を自分で決めてましょう。

 

 

 

Taechin恋の矢恋の矢恋の矢恋の矢恋の矢

 

 

 

 

 

 

 

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