八幡平にて撮影
スペイン優勝、おめでとうございます。しかし私がサッカーを好きになれない理由
FIFAワールドカップはスペインの優勝で幕を閉じました。まずはスペイン代表の皆さん、本当におめでとうございます。延長戦の末につかんだ世界一は見事だったと思います。
ただ、私は昔からサッカーがあまり好きではありません。
その理由は、幼い頃から柔道を続けてきたことが大きいのかもしれません。
柔道では、反則をすれば即座に反則負けになることがあります。礼に始まり礼に終わる。その精神を大切にして競技に向き合ってきました。
一方でサッカーを見ていると、ユニフォームを引っ張る、時間を使う、倒れ方を工夫するなど、「これが反則にならないのか」と感じる場面が少なくありません。
もちろん、「サッカーはそういう駆け引きを含めた格闘技のようなスポーツなんだ」という意見も理解できます。その考え方を否定するつもりはありません。競技にはそれぞれ文化やルールがあります。
しかし、私にはどうしても違和感が残ります。
逆に最近の柔道を見ていると、昔とはかなり変わってしまった印象があります。
私が柔道をしていた頃は、最初にしっかり組み合い、そこから技の掛け合いが始まりました。
ところが今は、なかなか組まず、組むまでに時間がかかる試合も多く、「レスリング柔道」と言われるのも分かる気がします。見ていても、以前のような迫力や美しさを感じにくくなりました。
特に忘れられないのが、2000年シドニーオリンピックの篠原信一選手の決勝です。一本を取ったように見えたにもかかわらず、その後に逆転負けという判定となりました。
さらに2024年パリオリンピックでは永山竜樹選手が「待て」の後も絞め技を受け続け、そのまま一本負けとなる出来事もありました。この判定には国内外で大きな議論が起きました。
審判の判定一つで、選手が何年も積み重ねてきた努力や夢が左右される。その責任の重さを考えると、審判にも高い競技理解が求められるはずです。
だからこそ、私は国技である相撲に魅力を感じます。
もちろん相撲にも時代による変化はありますが、立ち合いから勝負が決まるまでの潔さ、礼節を重んじる姿勢、そして勝負が終わればすべてを受け入れる文化は、今も昔も大きくは変わっていません。
スポーツにはそれぞれの魅力があります。
サッカーを愛する人がいるように、柔道や相撲を愛する人もいます。
私はこれからも、勝敗だけではなく、礼節や武道の精神が感じられる競技に心を惹かれるのだと思います。
