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この100年くらいでオレらの寿命は約2倍に伸びていることをご存知だろうか。

 

 

 

 

 

明治・大正時代の人間の平均寿命は女44歳、男43歳だそうだ。

 

 

 

 

今は女87歳、男81歳くらいだ。

 

 

 

 

凄まじい伸び率だ。もちろんこんな生物は人間以外にはいない。

 

 

 

 

もっと驚くのは縄文時代の平均寿命だ。

 

 

 

 

 

なんと13〜15歳だと言われているそうだ。

 

 

 

 

これはアクシデント的な死に方や子供の死亡率が高いことによるもので、みんなが15歳くらいで死んでしまったわけではない。

 

 

 

 

それにしてもすごい数字だ。

 

 

 

 

みんなが大人になれる時代ではなかったのだ。

 

 

 

 

 

今は人生が続くことを当たり前だと思っている人が多いが、ほんの少し前までは全く当たり前ではなかったのだ。

 

 

 

 

長生きして、食べ物に困らず、好きなものを買って、恋愛してなど…

 

 

 

 

全て当たり前ではなかった時代がほんの少し前にあったのだ。

 

 

 

 

今の時代に生まれたことはとんでもなく幸運なことだ。

 

 

 

 

「私には何もない」と嘆く人も多いが、ほんの少し前の人たちからすれば全て持っているように見えるだろう。

 

 

 

当たり前だと思い過ぎてはいないだろうか。

 

 

 

 

無事に大人になれているだけでも感謝に値することだ。

 

 

 

 

全て持っているのに欲望を肥大させ過ぎて苦しんでいる人が多い。

 

 

 

 

仏教では欲望の追求の先に幸せはないと説く。

 

 

 

「もっと」に終わりはないからだ。

 

 

 

 

「もっと」を手放そう。

 

 

 

無事に大人になれて、周りに食べ物もあって、なんなら好きな人までいる。

 

 

 

 

これを幸せだと思えないならば、何を手にしても無理だろう。

 

 

 

何かが「ある」のは手に入れたからではなく、そこに「ある」ことに気づいただけなのだ。

 

 

 

 

オレはそう思っちゃうんだよね

 

 

 

 

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