脳卒中を専門にしている医者だけど、一応医者ですのである程度の知識はあります。でも前立腺癌になってオロオロ。

自身の癌の経過を記録していきながら、治療法など解説していきます。

 

医学の発達によって癌は以前と違い不治の病ではありません。でも、「癌」という言葉のインパクトは依然強烈なものがあります。医者の立場では悪性腫瘍の患者さんやその家族に標準治療など冷静に説明していたのですが、いざ自分が癌になってみると景色は一変。「なぜ自分がこんな目に」の時期の後は「助かるのだろうか?」「治療は苦しいのだろうか?」「後遺症があるのだろうか?」など煩悶しながらパニック状態で情報を集めました。幸いなことに自分の周りにはある程度の医学知識のある人がほとんどなので間違った情報を伝えてくることはなく、自分で情報を収集できたと思います。多くの場合は周囲の方々から善意で(これが問題なのですが)「牛乳を大量に飲むとよい」「免疫を高めるために○○を食べるとよい」「体をアルカリ性にしたくてはいけない」となるのでしょう。

 

以前、歌舞伎役者の妻が乳がんになった際に民間療法により不幸な結果になってしまったことは記憶に新しいと思います。お亡くなりになるまで夫婦でブログで発信されており多くのファンが訃報に涙しました。

なぜ標準治療を選択しなかったのでしょう。深い信頼関係を築けなかった担当医の責任はネットでバッシングされていましたが、大きな意味で我々医師全体が反省し学ぶべきでしょう。民間療法が全く効果がないとは言いません。しかし、今でもネット検索していると怪しい情報がたくさんあります。私も転移性脳腫瘍の治療に携わっていた時期があり、肺がんや乳がんで脳に転移して神経症状出るまで民間療法した人を沢山みました。当時は理由が理解できませんでしたが、自分が癌になるとその理由が少しわかったように思えます。

 

では、怪しげな民間療法がはびこる背景は何があるのでしょうか。

1.善意と金儲け

癌の患者は想像以上に不安です。それは血管障害の手術のように一発勝負の治療ではなく、癌には多数の治療オプションがあり、長期間で、先行きは常に不透明だからです。だから患者は多くの選択肢に長期間さらされます。「気功」や「水素水」、「温浴」などで癌が治ったりはしないと普通には判断できるのですが、癌患者は不安でいっぱいです。「できる限りのことはしておきたい」と思うことは当然でしょう。しかし高額な費用とそれに見合わない治療効果で不幸になるのは患者です。不安をあおってお金儲けする人がいることは残念ながら事実です。さらに厄介なことに、この人たちも治療方法を妄信しているわけで本人は善意からなので、とても説得力があります。でも責任は取ってくれません。

2.病院での治療費の安さ

がん保険やがん特約など癌になって治療すると給付される人が多くいます。CMで信じ込まされているより癌治療にはお金はかかりません。標準治療は健康保険適応で1割から3割の自己負担しかないこと、さらに所得によって毎月の支払の上限(数万から10万円程度)以上は戻ってくる(高額医療費支給制度)ことなど、病院で支払う費用は思っているより少額で生命保険などで給付されるお金が余る現象があります。さらに癌患者特有の自分の死の自覚によってあの世には貯金持っていけない厭世、金離れ感があります。そのため「やれる治療はやっておきたい」の気持ちに付け入る余地が生まれます。

3.標準治療のネーミングの悪さ

標準治療(standard therapy)。ホテルに宿泊するとき仕事で一人ならスタンダードルームでいいと思いますが、家族や大事な人と宿泊する場合にはやはりスーペリアルーム、デラックスルーム、出来たら頑張ってスイート!ですよね。癌治療は違います。標準治療は決して庶民用治療ではありません。お寿司の並でもないです。安いけど特上寿司なのです。国立がん研究センター「がん情報サービス」の用語集では『標準治療とは、科学的根拠に基づいた観点で、現在利用できる最良の治療であることが示され、ある状態の一般的な患者さんに行われることが推奨される治療をいいます。一方、推奨される治療という意味ではなく、一般的に広く行われている治療という意味で「標準治療」という言葉が使われることもあるので、どちらの意味で使われているか注意する必要があります。なお、医療において、「最先端の治療」が最も優れているとは限りません。最先端の治療は、開発中の試験的な治療として、その効果や副作用などを調べる臨床試験で評価され、それまでの標準治療より優れていることが証明され推奨されれば、その治療が新たな「標準治療」となります。』

なので標準治療の対義語は「怪しげな民間療法」です。

再びお寿司で言うと「先端医療」は高いけど「並」、「標準治療」は安いけど「特上」、「怪しげな民間治療」は高いけど「お冷(水)?」

4.情報が得にくい

各地域には癌支援センターがあり、各種の支援や情報提供を公的機関で無料で行ってくれています。

ネットでは国立がん研究センターの「がん情報サービス」が間違いのない情報を提供しています。

ですが、アクセスしにくいのです。絶対的な情報発信なのに検索サイトでは最上位に来ない。時には怪しげな民間療法の下に出たり。

さらに読んでみると、無機質な記載で分かりにくい。患者は少しでも希望のある情報に流れるもので、正しいけどそっけないサイトだと患者はそこから離れていきます。

 

では癌になったらどうすればいいの?

これは個人的な意見です。

信頼できる医者を見つけて信じること。

見つけるにはネットや「いい病院のランキング」などは勧められません。(私もランキング上位の病院に勤務していたのでわかります)

まずは専門の医者に受診してください。そしてその領域のお勧めの医者を紹介してもらいましょう。はっきりしない場合はクリニックなり初療の病院を変えてください。セカンドオピニオンはあまり意味がありません。医者は医者を否定しませんし、否定した場合には自信過剰で危ないです。次々受診するのもだめです。頭混乱してしまいうまくいった患者さんを見たことありません。

まずは信頼できる医者を見つけて、同じ領域の医師を紹介してもらって、そこから治療できる大きな病院の医師を名指しで紹介予約してもらってください。あとは信じてください。そして標準治療の中からよく相談して選択して下さい。

 

この一連の癌の記録のブログで一番言いたかったことでした