こんにちは。
管理人の渡辺美智恵です。
乳がんと祈りとわたしの心
乳がん発見?から告知編です
2012年12月。
もともとしこりの多いわたしの胸に、ちょっとむず痒さを感じて触れたとき、
「あれ?こんなとこにもあったかな…?」
と思う小さなしこりがありました。
こんなとこにもあったっけ?
と思いながら、当時、娘の小学校の卒業対策委員をやっていたわたしは、
謝恩会の準備とパートタイム、
おまけに年末ということで、家事にも忙しく、
しこりのことは見てみぬふり、
すっかり後回しにしていました。
でもときどき、体が疲れてくると、
ズキンとしこりが痛んで、
そんなときは、そっと痛みに手を当て、
「この痛みはなんだろう?」と、スピリットに尋ねていました。
乳がん??
ふと、そんな思いが浮かんでは、
「今そんな診断をされるのは困る。いやだわ!」
と、今、自分が取り組んでいることを途中でやめなければならなくなるのでは…?という恐れ、
みんながわたしを「可哀想な人」って見るんじゃないかという恐れ、(なぜかわたしは、そういうふうに自分が見られることがすごくキライです)をかき消し、
また浮かんではかき消しながら、忙しい3ヶ月を過ごし、娘の卒業式と謝恩会、中学校の入学式を済ませました。
ずっと気になっていたしこりはまだそこにあって、
少し時間も作れるようになったけど…
怖いから病院には行きたくないなぁ…。
朝起きたら、いま触ってみたら、しこりが消えていればいいのに…
でもそんなことを思っている時点で、自分は乳がんだと確信しているようなものだな…。
そう思ったとき、いやだけど背中を押されるようにして、病院に乳がん検診の予約電話を入れ、恐いけど誰かに手を引かれるようにして、ちょっと重い気持ちとともに、検査に向かいました。
マンモグラフィとエコーと触診。
しこりのある左胸の触診がやけに長くて、
わたしの緊張は高まっていましたが、
その高まる緊張を鎮めるために、
診察ベッドで横たわりながら、ずっと瞑想をしていました。
お陰か、静かに結果を待ち、静かに先生の前に座ることはできました。
「残念だけど、間違いなく乳がんですね。
今後の検査と手術については、どこかご希望の病院がありましたら紹介しますよ。」
マンモグラフィの撮影画像を見ながら、先生がサラリと告知してきました。
わたしもそれを、驚くほど冷静に受け止めていました。
というか、先生のそのサラッとした告知のしかたのほうに、意識がいっちゃって、「そんな感じかい?!」って、ツッコミを入れたくなるようなシーンに、逆に助けられたような気がします。
ドラマのような重々しい告知だったら絶望的になってたかも…。
夫に連絡しなきゃ。
娘たちのことはどうしよう?
友達にも世話かけちゃうかもしれないな。
実父母には心配かけたくないからナイショにしよう。
ヒーリングセッションは、もうできないかな。。
一瞬でいろんなことが頭を駆け抜け、これからの自分のことよりも、周りのことばかりを考えている自分に、
「どんだけわたしは、周りを信頼していないんだ。頼って、甘えさせてもらえばいいのに。みんな喜んで助けてくれるはずなのに。」
そう思いました。
夫には
「ごめん。これから迷惑かけちゃう」と報告し、
娘たちには極力明るく、病院で自分が受けた告知のようにサラリと(先生から学べたね)話し、
実の妹と、ごく親しい友人には、「入院中は、娘たちのことを助けてほしい」とお願いしました。
思ったとおり、皆、力強く受け止めてくれて、何かあれば喜んで助けると言ってくれました。
それでやっと、検査と手術はどこでしようかな…と考えられるようになりました。
病院を選ぶのも不安で、迷っているとき、香咲弥須子先生に、自分はヒーリングをやっていながら、乳がんを患ってしまったことにショックを受けていること、治療や手術はどうしたらいいか動揺していること、もうわたしにはヒーリングセッションを行う資格はないと思っていること、家族のことなどをいろいろ打ち明けました。
弥須子先生からは、ヒーリングとは心を癒すもの、乳がんになった今だからこそ、心を癒していく必要があるんだと、ヒーリングの基本に立ち返ることを思い出させていただき、ヒーリングをやっていく決心を持たせていただきました。
とにかく早めに病院を決めて手術してきて…と言ってくださいました。
この一言でようやく力が抜けたというか、わたしは大丈夫だ…とお腹の底から感じました。
みんな、こんなふうに一緒に居てくれる。。
なんて心強い…。
頭の中で、体の中で、心の中で、ずっとチラチラと舞い上がっていた恐怖が、スーッと落ちて抜けていくのがわかり、有り難さと安堵からか、どっと涙が出ました。
病院はわたしが決めるのではなくて、スピリットにお任せしてみよう。
そう思うと、病院選びの不安は、すっかり消えていました。
このときはまだ、祈るほどの心境には至っていませんでした。
管理人の渡辺美智恵です。
乳がんと祈りとわたしの心
乳がん発見?から告知編です
2012年12月。
もともとしこりの多いわたしの胸に、ちょっとむず痒さを感じて触れたとき、
「あれ?こんなとこにもあったかな…?」
と思う小さなしこりがありました。
こんなとこにもあったっけ?
と思いながら、当時、娘の小学校の卒業対策委員をやっていたわたしは、
謝恩会の準備とパートタイム、
おまけに年末ということで、家事にも忙しく、
しこりのことは見てみぬふり、
すっかり後回しにしていました。
でもときどき、体が疲れてくると、
ズキンとしこりが痛んで、
そんなときは、そっと痛みに手を当て、
「この痛みはなんだろう?」と、スピリットに尋ねていました。
乳がん??
ふと、そんな思いが浮かんでは、
「今そんな診断をされるのは困る。いやだわ!」
と、今、自分が取り組んでいることを途中でやめなければならなくなるのでは…?という恐れ、
みんながわたしを「可哀想な人」って見るんじゃないかという恐れ、(なぜかわたしは、そういうふうに自分が見られることがすごくキライです)をかき消し、
また浮かんではかき消しながら、忙しい3ヶ月を過ごし、娘の卒業式と謝恩会、中学校の入学式を済ませました。
ずっと気になっていたしこりはまだそこにあって、
少し時間も作れるようになったけど…
怖いから病院には行きたくないなぁ…。
朝起きたら、いま触ってみたら、しこりが消えていればいいのに…
でもそんなことを思っている時点で、自分は乳がんだと確信しているようなものだな…。
そう思ったとき、いやだけど背中を押されるようにして、病院に乳がん検診の予約電話を入れ、恐いけど誰かに手を引かれるようにして、ちょっと重い気持ちとともに、検査に向かいました。
マンモグラフィとエコーと触診。
しこりのある左胸の触診がやけに長くて、
わたしの緊張は高まっていましたが、
その高まる緊張を鎮めるために、
診察ベッドで横たわりながら、ずっと瞑想をしていました。
お陰か、静かに結果を待ち、静かに先生の前に座ることはできました。
「残念だけど、間違いなく乳がんですね。
今後の検査と手術については、どこかご希望の病院がありましたら紹介しますよ。」
マンモグラフィの撮影画像を見ながら、先生がサラリと告知してきました。
わたしもそれを、驚くほど冷静に受け止めていました。
というか、先生のそのサラッとした告知のしかたのほうに、意識がいっちゃって、「そんな感じかい?!」って、ツッコミを入れたくなるようなシーンに、逆に助けられたような気がします。
ドラマのような重々しい告知だったら絶望的になってたかも…。
夫に連絡しなきゃ。
娘たちのことはどうしよう?
友達にも世話かけちゃうかもしれないな。
実父母には心配かけたくないからナイショにしよう。
ヒーリングセッションは、もうできないかな。。
一瞬でいろんなことが頭を駆け抜け、これからの自分のことよりも、周りのことばかりを考えている自分に、
「どんだけわたしは、周りを信頼していないんだ。頼って、甘えさせてもらえばいいのに。みんな喜んで助けてくれるはずなのに。」
そう思いました。
夫には
「ごめん。これから迷惑かけちゃう」と報告し、
娘たちには極力明るく、病院で自分が受けた告知のようにサラリと(先生から学べたね)話し、
実の妹と、ごく親しい友人には、「入院中は、娘たちのことを助けてほしい」とお願いしました。
思ったとおり、皆、力強く受け止めてくれて、何かあれば喜んで助けると言ってくれました。
それでやっと、検査と手術はどこでしようかな…と考えられるようになりました。
病院を選ぶのも不安で、迷っているとき、香咲弥須子先生に、自分はヒーリングをやっていながら、乳がんを患ってしまったことにショックを受けていること、治療や手術はどうしたらいいか動揺していること、もうわたしにはヒーリングセッションを行う資格はないと思っていること、家族のことなどをいろいろ打ち明けました。
弥須子先生からは、ヒーリングとは心を癒すもの、乳がんになった今だからこそ、心を癒していく必要があるんだと、ヒーリングの基本に立ち返ることを思い出させていただき、ヒーリングをやっていく決心を持たせていただきました。
とにかく早めに病院を決めて手術してきて…と言ってくださいました。
この一言でようやく力が抜けたというか、わたしは大丈夫だ…とお腹の底から感じました。
みんな、こんなふうに一緒に居てくれる。。
なんて心強い…。
頭の中で、体の中で、心の中で、ずっとチラチラと舞い上がっていた恐怖が、スーッと落ちて抜けていくのがわかり、有り難さと安堵からか、どっと涙が出ました。
病院はわたしが決めるのではなくて、スピリットにお任せしてみよう。
そう思うと、病院選びの不安は、すっかり消えていました。
このときはまだ、祈るほどの心境には至っていませんでした。