こんにちは。
管理人の渡邊美智恵です。

何か問題があるとき、心がすごく重く感じるとき、そしてそれを、自分ではどうにもできないと感じたとき、
少しでも心が軽くなるように、気分を紛らわしたり、誰かを頼って相談してみたり、神さまに祈ってみたり…、という経験は、誰にでもあるのではないかと思います。

それから、わたしたちのようなヒーラーからヒーリングを受けてみたり。

だけど、
相談したり、祈ったり、ヒーリングを受けてみたり、いろいろしても何も変わらない。 
効果がない。 
ということがあります。
それで、相談相手を変えたり、あっちの神社やこっちの神さま、あのヒーリングやこのヒーラー…と、いろんなところをグルグルしてるなんてことも、けっこう、やります。

なぜ、何も変わらず、効果もないのでしょうか。


それは、癒されたいと思っていながら、本当に癒される覚悟、変化を受け取る覚悟がなかったり、そもそも、こんな重いものはもう要らない、手放したいと、本当に願っていなかったりもする…ということがあるからです。

「まったき平和なんてものがやってきたら、わたしはやることが何もなくなってしまう」
これはわたしの娘が言った一言ですが、本当に、素直で正直な思いを、口に出してくれました。

わたしたちは、常に何かと闘って、「自分(自我)」という存在が、確かにここにいる…と安心しているところがあるので、奇跡が起きて、癒されてしまうと、闘わなくてよくなってしまう。
何もすることがなくなってしまう。
「頑張ってきた自分(自我)」が消えてしまうように感じて、癒されることに怯えているのです。

気づいてないところで、癒されたくないと思っているんですね。
癒されたら困ると思っていたりもするんです。

こんなに疲れきっていたりするのに。

だけど安心してください。
その重石を一掃したあとには、素晴らしい奇跡と創造の連続の中で生きていくことになります。
まだまだ、わたしたちには、やることがたくさんあるんです。

その奇跡と創造の人生は、
「まったき平和なんてものがきたら、わたしはやることがなくなってしまう…
わたしはそんな恐れを抱いている…」
ということを、素直に認めることから、はじまります。

そして、そんな闘うばかりの人生で、本当にいいのだろうか?と問いかけてみます。

この問題、心の重石を、わたしは本当に手放し、癒されたい…という答えが、心の中から返ってきたら、今一度、本当に癒されたいと、心から願えるか問いかけてみます。

そして、「癒される」という、心構えがあって、癒しが始まります。

真剣ですね。

そして、友達や家族といった相談相手、神仏に祈った祈り、ヒーリングを受ける場合は、そのヒーリングやヒーラー。
これらを信頼することも大事です。

心の重石は、一瞬消えたように見えても、実は、その問題にちょっとキレイな布を被せて見えなくして誤魔化していただけだったり、問題を右から左へ移動させていただけだったりして、あれ?結局、なにも変わってないじゃん!消えてなかったじゃん!なんてことにならないように、心構えや覚悟は、ヒーラーであるわたしたちにも、大きな課題です。

なぜなら、クォンタム・プレイヤーというヒーリングは、クライアントさんとヒーラーの共同作業であり、「共に癒されたい」という、お互いの心構えと覚悟と同意と信頼があって、始まるヒーリングだからです。

癒されたいと思っている、みなさんの心構えは、いま、どんな感じですか?