量子場調整®で無意識からあなたが変容する

量子場調整®で無意識からあなたが変容する

量子場調整®は、無意識の潜在的な力を引き出す画期的な技術です!
過去の習慣やトラウマが崩壊し、新しい習慣が身につき美しくなる能力、健康になる能力が高まります。
噛み合わせが整い、小顔効果、プロポーションの変化など美容面にもうれしい期待ができます。

 

 


またいいとこ持って行かれた

いつもあの人ばっかり評価される

なんでこんなムカつく奴に

頭下げなくてはならないの

わたしが悪いわけではないのに

なんで謝らなくてはならないの

あいつは間違っているのに

なんでうまくいっているの

 

 

 

損しているアタシ!

というとき、

怒りや不満や悲しみが生まれます

        

下矢印

勘定は感情でもある

 

 

それらの感情は(細胞は)

 

 

わたしはこんなに損害を被っているのです!

こんなに不当に扱われているのはおかしい!

あの人は間違っているからこうするべきなんです!

 

 

と、必死に訴えているかのよう

そして

そういった思いがどんどんどんどん湧き上がる

 

 

 

 

ねえ。

それ思い続けているのは大変でしょう

どんなにあなたが正しくても相手がおかしくても

相手は変わらないですよ

 

 

正しさや損害を主張していても

闘いになっていくばかりです

 

 

 

損、しましょうよ、ここは。

 

 

 

あなたが損すれば、闘いも感情も収まる

そしてあなたは救われる

あなたはすべて掌握している

でも周りはそんな賢くない

だから馬鹿なふりして損しても

それは損にならないから

 

 

 

 

自分に対してムッとしている人に

思い切って微笑みかけてみよう

なんならしれっと話しかけてみよう

 

 

自分にダメ出しばかりしている人の

悪いところを探したくなるけれど

逆に良いとこを見つけてなにかほめてあげよう

怒りまくっている人の話を慎重に聞いてあげよう

 

 

そんなことにエネルギーと時間を費やしたくない

そんな馬鹿なことはあるか

それは自分を欺いていることにならないか

と思うかもしれない

 

 

 

でも

 

自分が相手にムカついて

こうあるべきだと

こだわっているのだったら

逆のことをした方が

自分が解放される

 

 

いっけん損なことだけど、そんなことないよ

(※そんにかけていますっ!!)

 

 



自分の正しさや存在を主張する鎧を脱いで

思い切って、損、してみましょうよ。



水風呂に入る前は心臓が凍えそうなくらいドキドキするけれど

案外入ってみるとそうでもないように

損してみても、案外、平気なものよ。



損したっていいじゃないウインク 



※こちらは過去記事の再掲載です

 

三月

岩尾夫婦奈良に参ります!

 

量子場調整

 

奈良でセッションをいたします!

この機会に対面で施術を受けてみませんか?

セッションの後に

ご自身で自分を調整できる技術を

伝授いたします!

 

 

量子場調整®対面セッション

 

・口腔内の悩みトラブルある

(顎関節症、食いしばり、歯軋り)

・長い間身体が不調、不定愁訴

・人間関係、夫婦関係、親子関係の問題

・不眠、自律神経、落ち込み、うつ、不安症 

電磁波過敏、アトピー

・人間関係の問題

・恋愛の問題や希望 等々...

 

 

噛み合わせからくる身体の不調

頭痛、肩こり、首の痛み

なんとなくいつも具合が悪い

改善しない不定愁訴がある

など

さまざまな問題が解決されます

 

 

─────────────── 

 

⚪️岩尾和雄 17,000円 40分

 

    噛み合わせや口腔や頑固な症状にお悩みの方へ

 

 

   

⚪️岩尾朋美 15,000円 60分

 

 解放されない感情の問題、トラウマ

 精神面が軽やかに変わります

 

───────────────

 

3月10日(火)午後  5時から午後10時まで

3月11日(水)午後  1時から午後10時まで

3月12日(木)午前10時から午後12時まで

 

───────────────

 

場所:奈良駅近くのホテル

 

───────────────

 

奈良でお会いできること

楽しみでなりません

 

セッションのご予約は

どうぞお早めにお申し込みください。

 

 

お問い合わせお申し込みは

こちらまでお気軽に♡

 

 

LINE ID

quantum-art

 

MAIL

kokorowave@gmail.com

 

 

岩尾和雄

 奈良でお会いしましょう

 
嫉妬は同じ立場の人に対して発生する感情です。
 
同世代や同性という条件、同じ職場や学校
子供の学校が同じ、同じマンションの住人だったり
同じ地域出身等々...
 
 
自分と年齢的にも環境的にも能力的にも
容姿的にも同等の立場なのに
自分より優位に扱われる人に対して
「不公平だ!」とやっかみや妬みが生まれるのです。
 
 
本心はその人と等しく社会的に扱われたいし
なんなら自分の方が相手より
優位でいたいのです。
 
 
日本人の女性でオランダ王国の王妃・マキシマ妃に
激しく嫉妬する人はいないと思いますニコニコ
 
マキシマ王妃
オランダ
 
住んでいる国が違うし
社会的地位がはるかに違うから。
オランダに住んだり、オランダ人と付き合ったりしない限り
オランダの国に対してリアルなイメージができず
まして王妃に関してなにも情報がないなら
嫉妬という感情は発生しえないのです。
 
 
でもそれが幼なじみの友達だったら...
 
 
友達が、周りがうらやむ
家柄の良い老舗の会社社長と結婚することになった!
あの子が!?玉の輿?!抜け駆けじゃん!
うまいことやりやがって〜不安
大学生の頃は冴えない子だったのに!
わたしの方がモテたのに!
と、あっという間に嫉妬の嵐の中に
巻き込まれるでしょう。
 
 
可愛い猫に「ずるい!」
と嫉妬する人がいないように
速く走るチーターを妬んで
ムカつくランナーがいないように
わたしたちは自分と似ている立場の人に嫉妬を抱くのです。
 
 
では、どうやって克服できるのでしょう。
 
 
それは行動すること、努力することです。
 
 
嫉妬ばかりで終わる人は
自分を変えようとしません。
頭の中はずっと相手に対する妬みばかりで
しまいには自分の感情を正当化するために
相手の悪いところを探し始めます。
 
 
あの人自分がすごく綺麗だと偉そう
あの人スタイル良いけど男性関係ヤバいって
あの人上司に媚びて昇格したらしいよ
 
とかとか、あることないこと話し始めます...
 

スタイル抜群な人に嫉妬するなら
トレーニングして自分が好きな体になる

 

 

容姿が綺麗な人を妬むなら

メイクを工夫したり似合う髪型を考え痩せるよう努力してみる

 

 

 
仕事の能力が高い人がムカつくなら

仕事の仕方を工夫したり努力したり自分に合う仕事を探してみる

 

 
 
その行動を継続することで
嫉妬とかどうでも良くなってきます。
行動することで頭の中のモヤモヤが
消えていきます。
逆になにもしないからどんどん頭の中の妄想や思考が
肥大化していくのです。
 
 
努力すると
誰かみたいなプロポーションにはならないけど
でももっと自分らしく魅力的になる。
誰かのイメージをモノマネすることから
自分らしい綺麗さ可愛さがわかってくる。
だから相手のことがうらやましくなくなるし
比較しなくなるのです。
 
 
誰かに嫉妬するなら
それは自分が変わるチャンスなんです。
自分が変われるのびしろを
教えてくれています。
 
 
 
だから、なんかやってみる。
そうすると、自分が知らなかった自分に
出会えるようになりますよ。
まずは行動だ!!

 

 

 

 

 

ネガティブな感情が発生したとき、

よーく自分の内側を観察してみると、

 



 

何かが損なわれた( ̄^ ̄)

何かが奪われた( ̄^ ̄)

何かが傷つけられた( ̄^ ̄)

 



 


と感じていませんか?

 

 



怒りがわいているとき 

何が奪われたと思っているか

 

悲しみが生じているとき  

何が損なわれたと思っているか

 

不安で仕方ないとき

何をなくすと恐れているか

 

恐怖の中にいるとき

何が奪われると予感しているのか



 

 

これらは、すでに所有している(と思っている)ものが

マイナスになる、少なくなるという思いから

発生してはいないでしょうか。

 

 

怒りや悲しみなど、感情が他者に向かうとき、

自分が損した分、損なわれた分、

相手に支払ってほしいという、欲求だったりします。

 



 

あたしはこんなに損したんだから返してよ!


というのが本音だったりします。

 




 

どんな感情にも、ある判断や勘違いから発生しています。

「損なわれた」と考えるのは、

自分の思い違いであることは、よくあります。




 

では、それを沈めるにはどうしたらよいか。

 

 

一つは、勘違いに気づくということ

 

 

だいたい過去からの経験で、

自動的にそのような反応が再現され
いま体験している出来事が歪んで解釈されてしまいます。

 

 

いつもわたしは損をしている

いつもわたしは奪われている

いつもわたしは失っている



 

 

という判断が成立した出来事と感情が成立した背景

に気づかなくては、
ずっとこのパターンをくり返してしまうものでしょう。


 

また気づいて、そこから何を求めているのか
知る必要もあると思います。



 

 

愛情を求めていたのか

評価を求めていたのか

許しを求めていたのか

 



 

そこから現在の出来事に対して反応しているだけで、

本当はいま求めても得られないものを求めている。

だったら、そう考えること自体ナンセンスということです。

 

 

 

 

もう一つは
損なわれたという事実
損なわれたものを

ゆるすということ。

 



 

これは、損した・奪われたという、

損得勘定の中にいては、

なかなか到達できない境地です。



 

 

しかし、奪われたものを取り返そうという発想では

決して自分の感情は、

解消され自由になることはないでしょう。

 


 

取り戻そうと執着するから、

感情は消えないのです。

 

ならば、取り戻そうとすることをやめればよい。

 



 

そもそも、奪われた・失ったという判断自体が

自分の中で勝手につくり出した産物なので、

他者にこれを持ち出しても、らちがあかないのは当然です。

 

 

 

これを超える境地が、赦しなのです。




 

では、何に対してゆるせばよいかというと、

相手に対してでも、状況に対してでもなく

損なわれたと思っている判断それ自体、

に対してではないでしょうか。



 

 

損したと思って、奪回しようと思ってるの自分?

そんなことどうでもいいじゃん。

 

みたいな感じで。

 


感情を解放するには、

感情が生じたときの意識と同じレベルにいては

なかなか難しいでしょう。



 

 

赦しは、それを超える高い観点からの意識で

決してあきらめや開き直りということではありませぬ。




 

勘定するのをやめると、感情は昇華する。


しょうか、しょうか。

(そうか、そうかのつもりです...)




 

 

一人ではなかなか難しいかもしれないので、

よかったらお話にいらしてくださいねCHU


※こちらは2012年8月の記事です

 

 

 

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こちらのテーブルでお話をうかがいます


なんの予告もなく始まった口癖と無意識シリーズ。


前回はこちら。



何気なく使う言葉はその人の本質をを映し出す鏡であり、雄弁に語る物語なのですー。





さて今回は...


うざい。




うざい。

使ってますか?



世代的にこの言葉に馴染みのない方は、子供がしょっちゅう使っていたり、YouTubeの動画や職場で若い世代の人が使っているのを聞いたことがあるかと思います。




うざい。うざっ。



この言葉を聞くとなんだか嫌な気持ちになりますよね。

うざいというのは、状況に対して説明する言葉というより、人に対して表現する言葉のようです。


  • 承認欲求が強いアイツはうざい
  • 自慢話ばかりする上司がうざい
  • かまってちゃんの女友達がうざい
  • 〇〇大卒の彼が人を見下す態度がうざい


というようにー



「うざい」という言葉は、「嫌い」より主観的なものではなく、他者と同じ認識を共有できる言葉です。


「承認欲求が強いあの人嫌い」

という表現は個人的な感情を表していますが

「承認欲求が強いあの人うざい」

は、個人的な感情を越えた客観的な事実として、ある人を表現しているのです。



その意味において「嫌い」より「うざい」の方が、はるかに強く暴力的な言葉と言えるでしょう。

「空は青い」という事実と同様に

「あの人はうざい」というのは確定したことで、覆しようのない歴然とした事実なのだ!

という主張が「うざい」を使う背景に垣間見えるのですー



なぜそこまで強く主張する必要があるのかというと、それだけ現代人は自分自身の感覚、自分の考えに自信を持てないからではないでしょうか。



SNS全盛の時代、自身の考えや感覚は簡単に他者の悪意のあるコメントで覆され、バカにされ、晒されます。



こんなことを思っている自分はおかしい

こんなふうに感じるのは異常ではないか



と、つねに他者の評価や承認を気にしてしまう現代人の心理。

「嫌い」より「うざい」という言葉を用いて、

わたしの認識は主観的なものでなく、誰しもが同意する事実なのですよ

と他者の承認を求める心理的な背景があるのではないでしょうか。



「うざい」という言葉を使わない世代の大人が(少なくともわたしは)、若い世代の人の「うざい」に嫌な感じや違和感を覚えるのは、自身がリアルに感じる感覚や考えの固有性を放棄して

みんなおんなじに思ってるはず!

という暴力的な同意、押し付けを感じるからではないでしょうか。



だから

「承認欲求が強いアイツはうざいさ

と言ってる本人の方が、実際は無意識で他者の承認を求めているわけです....




うざいのは誰か?

うざいという言葉を使っている当人なのだと、おばさんは感じている今日この頃です。