変わりたいけど変われないのは
怠惰な証拠でしょうか
わたしは傲慢なのでしょうか
どこかで変わりたくないからでしょうか
潜在意識にブロックがあるからでしょうかー
とあれこれ言う人は言う。
これ全て責任回避の言葉であり
変われないのはわたしが悪いからじゃないの
と逃げているに過ぎない。
わたしの知らないわたしが
いまのわたしを苦しめて変わらせようとしないのー
という被害者を装ったペテン師である。
そして、このペテン師を正当化させて満足させる
さまざまなツールが世の中に存在している。
潜在意識のブロックだ
トラウマだ毒親のせいだ等々
確かに過去の出来事は事実だろう。
その事実を否定する気はない。
しかし、心の世界に事実というのはさして重要ではない。
法廷に立って裁判をしているわけではないのだから
事実がどうか、どんな環境が自分の性格を形成したかというより
その事実をどのように認識しているか
の方がはるかに大切だし
ほぼそれで人生が決まると言っても過言ではない。
変われないのは、ずっと何かや誰かのせいにしてませんか。
わたしが劣等感が強いのは両親が褒めてくれなかったからだ
有能な姉や兄がいていつも親にダメだと言われ続けたからだ
わたしがやりたいことがわからないのは
小さい頃から全て母親がわたしの食べる物着るものつきあう人
全てを決めてきたらか、自分の本当にしたいことがわからない
とかとか。
それは事実なんだろうけど、それを一生言っているつもり?
ずっと何かや誰かのせいにしていたら
自分が自分の人生を切り拓けるわけがない。
その何かや誰かに依存していることなのだから
精神的に自立できるわけがない。
起きた事実とその事実をどう認識して行動するかは
全く違うことだし
自分の人生は自分でなんとかしていくしかない。
別にあなたを責めているわけでない。
でもそろそろやめてもいいんじゃないか?
だってつまんないんでしょう、そんな生き方。
残酷なことに、起きた事実に対する捉え方は
個人個人によって違うから
自分が被った酷い出来事のように親が考えないことも事実。
だから、もう自分以外の人や何かに期待するのはやめて
自分の足で立って歩こう。
最初はぎこちない歩き方で不安で怖くて仕方ないかもしれないけど
いずれ慣れていくよ。
大地に自分の足で立っている快適さと自信はこの上ないから。
そうなったとき、
ああわたしは責任回避していただけだったんだなあって気づくから。
あなたにはその力があるから。














