★今日、抜粋するのは 第五章 憲法から「人文学は解剖学である」という節です。
ここは、結構面白いです。ちょっと笑ってしまうところもあります。
さて、抜粋開始します。新書のページで5ページ分になります。
【引用開始】
東:解剖学的な方法論が大事だというのは深い話だと思います。対象は常に死んでいる。養老さんは意図されなかったと思いますが、それは人文知とは何かということの本質に関わっている。人文学も解剖学みたいなものなんです。
茂木:古典は死んでいるからね。たしかに、人文学と解剖学は似ている。動かない対象を相手にあれこれと生身の人間が格闘するわけだから。
東:対象が新しいから良いということではないんですよね。
養老:そうですね。
茂木:ライプニッツの「全ての可能世界のなかでこの世界が最善世界である」という話とかも、現代的な文脈で面白い。あれもライプニッツが書いた文字列という「対象」は死んでいるけれど、今の幸福学や人工知能の問題にすごく深く関わっている。
人間は、つい、世界の不完全性を問題にしがちだけれども、それはどこかでまわりまわって良いところと結びついているかもしれない。
例えば、ガン細胞は困った存在だけれども、時にはガン化するような細胞生理の働きがなかったら、そもそも普段の生命が維持できない。地震が起こるのは災害だけれども、地震を起こすようなプレートテクトニクスの動きがなかったら、地球の安定性の何かが失われるかもしれないし、温泉もない。幸福学や人工知能は特定の評価関数を最適化しようとするけれども、このような思わぬかたちで巡る因果の問題を考えると、表層をなぞっているだけに終わるかもしれない。その意味では、ライプニッツのほうがはるかに深いし、広い。
東:今の人文知の問題は、たとえば茂木さんがライプニッツが面白いと言ったとして、それに応答してくれるライプニッツ学者がほとんどいないということなんですよ。知識がないからではなく、むしろあまりにも多くを知っている結果、「茂木さんはどのライプニッツが面白いんですか」みたいな話になってしまう。
茂木:どのライプニッツ(笑)。そのややこしい感じ、ものすごくわかります。
東:その解釈は誰々が出しているが、最近の研究ではライプニッツのその記述はそういう意味ではないと言われていて・・・・みたいな話になってしまう。せっかくの古典なのにもったいない。かといって、あまり大雑把なことを言うと同業から刺されますしね。専門家はたいへんです。
茂木:でも一見大雑把に見える話にしか本質はないから。その意味では、ダーウィンだって、アインシュタインだって大雑把。ラッセルなんて、ものすごく大雑把。東さんがおっしゃったような、異様に細かく重箱の隅にこだわって広い視野を持たないというのは、確かに、経験上も日本の人文学に固有の問題のような気がします。
東:最近は哲学者が物理学者と話す、みたいなこともなくなってしまいましたね。
茂木:そういうのはやらなきゃだめですよ。最近も『時間は存在しない』(カルロ・ロヴェッリ著)という本があって、現代物理の理論家が書いている本なんだけど、全く画期的な本でもなんでもなく、普通の解説書です。それを日本のメディアは、画期的だとか言って褒める。それについて養老先生が言ったのは、「時間がないとか言われたらお終いだよね」。さすがとしか言えない。時間の謎のようなことを、物理学者だけに任せていると、取るに足らない見解がのさぼってしまう。それを商売にしてしまう日本のメディアも問題ですが。
あのホーキングでさえ、一時「時間は虚数だ」とかどうでもいい話をしていたわけで、物理学だったら物理学という一つの文脈の中にいるとどうしても、どうでもいい話を意味があるように話してしまいがちです。それを外から、「このおっさん時間は存在しないとか言っているけど、実際には時間はあるじゃん」とか一言で終わらせられるのは、実は大事なことじゃないかと。これは粗い例えだけど、岡目八目というか、そういうのが重要なのではないですか。
東:「ある」って便利な言葉で、逆にいろんなものが「ない」と言えてしまうんです。最近も「世界は存在しない」が重要な問題提起とされましたが、たいした話ではありません。
茂木:マルクス・ガブリエルの『なぜ世界は存在しないのか』ですね。天才哲学者と言われて話題になりました。
東:あれは要は、世界が存在するのは椅子が存在するのと違う意味だよね、だからふつうの意味では存在しないよねと言っているだけです。そりゃ当たり前ですよ、世界は存在者の集合なんだから。
茂木:そうか、本質は三行くらいで終わるんだ。
東:「湾岸戦争は存在しない」とかもありましたよね。ヨーロッパ人は「存在しない」がすきなんじゃないでしょうか。
茂木:そのような断言よりも、岡目八目のほうがよい。そういう意味で養老さんは最強の・・・・。
養老:おかめ(笑)。
茂木:おかめじゃないです(笑)。
養老:要するに物理の方程式をいろいろいじってたらt(時間)が消えちゃったって話だと思っています。ややこしいことをやってるとどっかでtが消えちゃうんだ。
【引用終了】
*以上、「人文学は解剖学である」という節を省略せずすべて引用しました。
☆茂木さんの『時間は存在しない』という著書に対する突っ込みは面白いですね。
「視点を変えてみると、時間は存在しないと言ってもいい」ということを言っているのではないのかな。時間をどう定義するかによっても「時間の有無」は変わるだろうし。
僕は、この本『時間は存在しない』を読んでいないので、本当に茂木さんのような反論ですませる問題なのかどうかはわかりません。しかし、茂木さんの言い方が面白かったです。
☆マルクス・ガブリエルは興味をもった哲学者だったので、彼が書いた、あまり専門的ではない新書『世界史の針が巻き戻るとき』(PHP新書)は読んでみました。
『世界は存在しない』という本は、書店で何度か手に取り、買おうか迷ったことがありましたが、この新書を読んだことで、ある程度は論旨を予想できたので、この本は買いませんでした。
★マルクス・ガブリエルは、「新しい実在論」というのを唱えています。それによると「あらゆる物事を包摂するような単一な現実は存在しない」と言っています。
この命題が「世界は存在しない」という主張のベースになっていると思われます。
★東さんのこの本についての批評が鋭く、実に痛快でした。ところで実際、東さんはこの『世界は存在しない』を読んだんですかね?
☆いろいろな本を読んできて分かったのは、僕には「哲学書」を理解する能力はない
ということです。
☆昔々、大学では物理工学を、大学院では応用数学をちょっと学びました。ですから理系の分野にある程度は強いかもしれません。
★僕の中では、哲学は大学時代に独学で学んだ「実存主義」で終わっています。一応、現代思想の入門書は読みましたが、結局、自分には身につきませんでした。
☆ということで「哲学」には興味はあるが、残り少ない人生、哲学はわきに置き、現代物理学や数理科学、複雑系の科学、そして自分の「絵画世界」を深めていかなければならない。そう思っています。
★ここまで長い文章をお読みいただき、ありがとうございました。
