☆アーシュラ・K・ル・グウィン『所有せざる人々』を読み終えた。
読み応えのある小説だった。傑作といっていいでしょう。
1974年に出版されたこの小説は、ヒューゴー賞、ネビュラ賞を受賞しています。
*忘れないうちに感想やあらすじなどまとめておこうと思う。(自分としては「備忘録」と思って書いていきます)
例によって、少し長い感想文になりそうです。
*ウィキペディアには簡潔によくまとまったあらすじが載っていますので、参考になると思います。
僕は、ウィキペディアであらすじを読んでから小説を読み始めました。
例によってあらすじに触れるのでネタバレがあります。注意してください。
☆天文用語に「二重惑星」という用語があるが、明確な定義は存在しないようである。
ウィキペディアから引用すると
二重惑星(double planet, binary planet)とは、明確な定義は存在しないが、大きさの近い2つの惑星が共通重心の周りを互いに公転しているような系のことである。
【引用終了】
『所有せざる人々』は、「二重惑星」が舞台の物語である。
☆惑星アナレスと惑星ウラスは、恒星タウ・セティをめぐる二重惑星である。
二つの惑星の大きさや公転周期、自転周期などは書かれていない。惑星間の距離も示されていないので、読者はそのあたりは適当に読み取ればいいのだろう。
二つの惑星は、近距離にあるはずである。その証拠に、一方が他方を<月>と呼んでいるくらいだから近いのである。ウラスの<月>が、アナレスであり、アナレスの<月>がウラスということになる。月というと地球の衛星の月を考えてしまいますが、ウラスとアナレスは、恒星タウ・セティの周りを公転している惑星です。さらにウラスとアナレスは共通重心の周りを互いに公転しているのです。
この辺はよく分からなくても物語を読む分には影響はしません。
☆アナレスからウラスまで星間航行船で4日半から5日かかる距離と書かれているけれど、宇宙船の速度が書かれていないので距離を数値化できません。ル=グウィンのSF小説は、ハードSFではないのでこの辺は詳しく解説はしていません。
◆アナレスとウラス間の距離を推定してみました。5日で到達するとして計算します。
アポロ宇宙船の速度・秒速10.9kmで5日かかる距離は、約470万㎞です。地球と月の距離の約12倍になります。
もッと速い太陽探査機の速度で計算するとニ惑星間が約4100万㎞になり、かなり離れています。
仮にアナレスとウラスが4100万㎞も離れているとすると互いを「月」とは呼ばないと思うのですが、どうでしょうか。
☆二つの惑星には、地球人と同じような肢体・風貌を持った人間が生息していると考えてよいようです。この辺りも詳しくは説明していません。設定はSFですが、ル=グウィンは人間の物語を書きたいのだと思います。
☆惑星ウラスは、我々の地球と同じような文明を持っている。星間航行が可能な宇宙船も持っているのだから、地球の文明よりかなり進んでいるといっていい。小説には西暦何年という記述はありません。
ウラスの人口は約10億人で、アナレスの人口は約2000万人である。
元々、アナレスには魚、昆虫、植物などは生息していたが、人間は住んでいなかった。
約170年前にウラスから約100万人がアナレスに移住してきた。現在は、その子孫が住んでいる。ウラスから移住してきた人々は、「オドー主義者」だった。彼らは、ウラスから強制的に移住させられたようです。
オドー主義というのは、地球の言葉でいえば「アナーキズム」に近い。
☆中央集権の政府を持たず、私有財産を追求することなく共同生活をする社会を理想とするのが「オドー主義」である。オドーは、ウラスでアナーキストとして活動した女性の名である。
惑星アナレスは、自然環境には恵まれていない。砂漠になっている地域も多く、作物が育ちにくい土地が広がっている。
☆一方、ウラスはいくつかの国に別れているが、どの国も中央集権国家である。社会主義国もあるが、それ以外の国は私有財産を追求する経済活動を社会の基盤にしている。
☆オドー主義のアナレス人は、ウラス人のことを「所有主義者」と呼び批判する。
アナレス人は、財産を所有することを目的とせず、所有しないことを旨として生きている。
アナレス人たちは、この小説のタイトルのように「所有せざる人々」なのである。
☆物語の主人公は、アナレス人の物理学者シェヴェックである。シェヴェックの幼年時代から40歳くらいまでが丁寧に描かれている。
幼くして母親と離別し、父親に育てられるが、2歳からは養護施設の寮で過ごす。
アナレスには男女の「結婚」というものが制度としてない。それに替わるものとして「配偶者関係」というものがある。この配偶者関係というものは、結婚より軽いものらしい。
☆小説は、シェヴェックがアナレスに妻子を残し、ウラスの宇宙船(貨物輸送船マインドフル号)でウラスに向かうところから始まっている。このときシェヴェックは40歳である。
ウラスからアナレスに多くのオドー主義者が亡命のような形で移住して以来、約200年間アナレスから宇宙船でウラスに渡航したアナレス人はいなかった。ですからアナレスへの移住以来、初めての渡航者がシェヴェックだった。
*アナレス人の名には、ファミリーネームに当たるものがない。だからシェヴェックには氏名でいうと「氏」がない。シェヴェックという名はコンピュータが決めたものである。
☆この小説は、アナレスでの出来事を描く章とウラスでの出来事を描く章とが交互に配置されている。
☆アナレスが舞台の章は6章あり、シェヴェックの子供時代から少年時代を経て、科学の専門学校で物理を学ぶ青年時代を描いていく。さらに専門学校卒業後、物理学者になってからの苦労や研究生活を描き、その後、タクヴァという女性と結婚し(配偶者関係になり)家庭を持つまでを描いている。
★シェヴェックとタクヴァの愛と絆の物語は、この小説の重要なテーマの一つといっていいでしょう。
☆シェヴェックは、なぜウラス行ったのか。自分の研究の成果をウラスの物理学者たちに伝えたかったことがあり、ウラスの優れた物理学者と交流することで自分の研究をさらに深めたいという思いがあったからである。
☆ウラスのア=イオという国家が、シェヴェックを迎い入れ、大いにもてなし社交界も彼を歓迎した。ア=イオは、階級社会的な国家で、経済の基盤は資本主義(所有主義)である。
☆シェヴェックが研究していたのは、「一般時間理論」というもので、地球の物理学でいう「一般相対性理論」に相当するような画期的な理論のようです。ここもハードSFではないので、「一般時間理論」の突っ込んだ解説は書かれていません。
ウラスに行ったとき、この理論は頭の中ではできていたが論文にはしていなかった。
ア=イオは、この理論が完成したら、理論の所有権をシェヴェックから剥奪し国有化しようと目論んでいた。
「理論」が国有化されてしまうことをシェヴェックは知ることになる。シェヴェックがアナレスに帰還したくなった理由の一つが、「理論」の所有権の剥奪である。
☆アナレスの社会には身分の上下を表す階級はなく、例えば「博士」のような称号もない。
惑星ウラスの基準ではシェヴェックは、博士レベルの研究者である。明確には書かれていないが、アナレスには「大学」と呼ばれる教育機関はなく、専門学校が大学レベルの教育を担っているようです。
☆一方、ウラスが舞台の章は5章ある。
シェヴェックが宇宙船でウラスの国家ア=イオに到着してから、ウラスの大学で何か月かを過ごし、テラ人の星間航行船でアナレスに帰還するまでを描いている。
シェヴェックは、ウラスで何を見てきたのか。裕福な人々もいるが、貧困に苦しむ人々も多く、その中には革命を望む労働者階級の人々もいることを知る。
シェヴェックは、「所有主義」のウラスから脱出することを決意し、異星人であるテラ人の大使館に助けを求める。惑星ウラスは、異星人のハイン人とテラ人と交流がある。
テラ人というのは「地球人」のことらしい。
☆アナレスには、政府も警察も法律さえもない。そしてアナレス人たちは、必要最小限ものしか持たず、質素な生活をし、決して暮らしは楽ではないがなんとか協力し合って生きていける。
★『所有せざる人々』が造るアナレスの社会は、物質的な豊かさはないが資本主義・所有主義のア=イオのような社会より進んでいるのではないのか。
そんな問題提起をアーシュラ・K・ル・グウィンはしているのではないか。
僕はそう考えたのですが、的外れだったかもしれません。
作家としては物語のディテールこそが大切なのだと主張するかもしれませんが、読者としては物語の主題とは何だったのか、つい考えてしまいます。
*今後、再読してもいいSF小説の一冊にしたいと思います。
*長く拙い文章をお読みいただきありがとうございました。
以下のウィキペディアの記事が参考になります。