
を書いてみたい。
☆すでに中学時代に少し小説世界に入りこみ、衝撃を受けていた。
僕は、どうやら小説を読むと頭のなかにスクリーンをつくり、ストーリーを映画の映像のように
そこに映しながら読んでいるようだ。
☆中学のとき、恋愛小説「友情」(武者小路実篤)や「若きウェルテルの悩み」(ゲーテ)を読み、
男女の恋愛のなかに不思議な魅惑、また胸の痛み・疼きのようなものを感じてしまった。
☆高校時代で印象深い恋愛小説は、まずスタンダールの「赤と黒」だ。ディケンズの「二都物語」も印象深い。この小説を翌日、図書館に返すために9時間徹夜で読み続けたことを覚えている。
☆日本の小説家では、大江健三郎の小説に深くはまった。作品集全巻を買ってほとんど読破した。「性的人間」、「遅れてきた青年」など次々に読み、大江の文学空間にはまった。
☆サルトルの「嘔吐」も忘れられない小説になった。この小説は、3回読んだ。これが、きっかけで大学に入り実存主義哲学に接近していくことになる。
☆☆僕が高校生だったころには、文学や思想書などを教養として読むのがあたりまえのようなムードがあった。我が母校の県立M高校では、「適書150選」(2006年の時点でも存在している)という冊子が生徒全員に配られ、その冊子の中の本を自分は何冊読破したのか、ということを気にかけるような雰囲気が校内にはあった。(自分では、そう思っていた。)
☆今日その冊子を物置から探し出してきた。その書き込みから自分は高校時代に次のような本を読んでいたことが分った。
<日本の文学>
「蟹工船」(小林多喜二)、「風立ちぬ}(堀辰雄)、「暗夜行路」(志賀直哉)、「歌のわかれ」(中野重治)、「野火」(大岡昇平)、「裸の王様」(開高健)、「芽むしり仔撃ち」(大江健三郎)、
「真知子」(野上弥生子)などなど
◇ここで打ち込みに疲れ、また、もう深夜なのでここで中断します。<外国の文学>とそれ以外のことは次回に回します。