★ふと思った。グレッグ・イーガンの作品は、SFという形式を借りた哲学の本なのかもしれない。読了してから2週間くらいたつけれど、部分的に再読している。
★前回の記事の繰り返しになりますが、物語の背景を整理しておきます。
病院に入院していた重度の障害をもつローラ・アンドルーズが誘拐された。元警察官の探偵のニック・スタヴリアノスは、ローラの捜索を依頼された。
★情報収集と捜索の結果、ローラはオーストラリア国内から連れ出され新香港にあるBDI社のどこかに収容されていることをニックは突き止めた。
★では、BDI(バイオメディカル・ディべロップメント・インターナショナル)社はなぜ重度の精神障害を持つローラを誘拐したのか?なぜならばローラは、「波動関数の収縮」をコントロールする能力を持っていると推測したからである。いろいろな波動が重ね合わされている波動関数が、観測することによってどの状態に収縮するか確率的にしか分からない。そのような波動関数に人間の意識が介在し、収縮を制御することができれば未来を変えられるかもしれない。波動関数というと本来は量子の世界の出来事の話で終わります。しかし、人間の大きさの物体でも量子(電子、陽子などの微粒子)で作られていることには違いありません。ですから無謀な話というわけではないのです。
★ニックの行動を追うと、BDI社に侵入しローラが収容されている場所を探す。
→BDI社の者に見つかり、捕らえられた。
→注射を打たれ、それに入っていたナノマシンで脳内の神経の配線を変えられてしまう。それで再結線されて脳内に形成されたのが“忠誠モッド”というもので、BDI社に忠誠を尽くさなければならなくなった。
→謎の集団<アンサンブル>にスカウトされ、BDI社にある謎の実験をする施設周辺の警護をさせられる。
★この小説『宇宙消失』には少し分かりにくいのですが、<アンサンブル>という用語とアンサンブルという用語の二つが使用されている。二つにはそれぞれ異なる意味がある。
① 組織としての<アンサンブル>
アンサンブルは物語中に登場する組織の名前です。
主人公ニックが調査でたどり着く謎の集団が 「アンサンブル」 と呼ばれるグループです。小説の中ではこの組織が極めて秘密主義で、外部からその本当の目的がほとんどわからない存在として描かれています。
ニックはこのアンサンブルに捕らえられ、「忠誠モッド(Loyalty Mod)」 を脳に埋め込まれてしまいます。これによって “アンサンブルに忠誠を尽くすことが彼の最高の価値” になるように強制されます。
② 技術的・脳内用語としての「アンサンブル/モッド」
こちらはやや曖昧ですが、次のようなものとして描かれています:
まず「モッド(Mod)全般」について補足説明します。
モッドは ナノテクノロジーを用いた脳内の改変装置で、感情・能力・思考パターンなどを変えるために広く普及しています。
通常種々のモッドは個別の効果(感情抑制、勇気付与など)を持ちます。
* では「アンサンブル」と特定されるモッド(=忠誠モッド)とは?
組織としての<アンサンブル>が使っている「忠誠モッド」は、厳密には< アンサンブル>に忠誠を誓わせるための脳内モッド つまり組織由来の改変装置です。
このモッドは脳神経系を再結線して、本人の価値系の中心をアンサンブルへの忠誠に固定してしまいます。
★小説『宇宙消失』の話を推進させる重要な要素とは。人間が「固有状態操作モッド」を脳内に形成し、それを使い未来の波動の状態を意識で選ぶことがいったい可能だろうか?ここがこの小説の重要なテーマの一つであると考えられます。
(注:観測を行うと波動関数が収縮します。このときの波動関数の状態を「固有状態」と呼んでいます)
★「波動関数の収縮」を制御できる能力を持つものが、少なくとも3人います。一人は重度の精神障害者であるローラ、ニックの同僚で実験ボランティアのチェン・ポークウィという女性、そして主人公のニックである。
☆『宇宙消失』という小説は奥が深い。読者の読解力が増すほど、小説からくみ出せる情報は増えていくと思う。
☆僕は1月13日に一応読了したのですが、実感としては30%くらいしか読み取れていなかった。これでは折角再読した意味がないではないか。そこで、再度気になったところ、理解が不十分な用語などに注意しながら再読をした。併せてCopilotとChatGPTに質問し、その回答の中から説得力のある箇所と僕の推測を合わせて、一応80%くらいは理解できたという地点にまでたどり着くことができた。
★この小説では量子力学の観測問題が小説を構成する大きな柱になっている。
小説『宇宙消失』では、量子力学のおける観測問題について、「コペンハーゲン解釈」と「多世界解釈」の折衷案のような解釈をしているように私には思えます。グレッグ・イーガンは、「波動関数の収縮」という表現と同じくらい「拡散」や「拡散中」という表現を多用しています。
僕はこの「拡散」や「拡散中」という用語は、どういう意味だと解釈すればいいのか分かりませんでした。そこで、「拡散」や「拡散中」という用語はどういう意味でグレッグ・イーガンは使用しているのか、ChatGPTとCopilotの両方に推測してもらいました。
★以下にAIの解説の一部を掲載します。かなり専門的な解説になっています。量子力学の観測問題、解釈問題に関心がある方向きの解説になっています。
グレッグ・イーガンの『宇宙消失』に出てくる「拡散(diffusion)」という表現は、量子力学の専門用語というより、イーガン独自の比喩的・概念的な用語として読むと理解しやすくなります。あなたが感じたように、コペンハーゲン解釈と多世界解釈の折衷のような描写があり、その中で「収縮(collapse)」と対になる概念として「拡散」が使われています。
イーガンが描く「拡散」とは何か
1. 波動関数が「広がっていく」ことの比喩
この「広がる」「重ね合わせが増える」状態を、イーガンはしばしば diffusion(拡散) と呼んでいます。
つまり、重ね合わせが広がっていくこと観測による収縮が起きていない状態を指すメタファーです。
2. 「収縮」と対になる概念としての「拡散」
『宇宙消失』では、観測による「収縮(collapse)」が起きるかどうかが物語の重要なテーマになっています。
イーガンは、観測が起きない限り、量子状態はどんどん「拡散」していくと描写します。これは、コペンハーゲン解釈の「収縮」
多世界解釈の「分岐」の中間のような描き方です。
特にイーガンは、観測が起きるまでの量子状態を「曖昧」「未確定」とは描かず、むしろ
積極的に広がり続ける実在的なプロセスとして扱っています。これは多世界解釈寄りの姿勢です。
3. 「拡散中」という表現の意味
作中で「拡散中(diffusing)」と書かれているとき、
波束が広がっている
重ね合わせの成分が増えている
可能性の分岐が増大している
しかしまだ「世界」は確定していないという状態です。
4. なぜイーガンは「拡散」という言葉を使ったのか
あなたのように物理を学んだ読者が戸惑うのは自然で、イーガンはあえて専門用語を避けて、量子状態の広がりを直感的に描くための文学的表現として「拡散」を使っています。
理由としては:
① 「波束の広がり」を読者にイメージさせるため
専門用語の「波束の広がり」より、拡散の方が直感的。
② 多世界解釈の「分岐」を連想させるため
拡散=分岐の増大、というイメージを重ねている。
③ 収縮(collapse)との対比を強調するため
収縮 ↔ 拡散
という対称的な構図を作りたかった。
■ まとめ
「拡散」=波動関数が観測されずに広がり続ける状態の文学的表現
「拡散中」=まだ収縮していない、可能性が広がり続けている状態
★改めて断っておきますが、専門的には量子力学の観測問題を扱うときに、「拡散」や「拡散中」という用語は持ちません。これらは、グレッグ・イーガンが小説の中でイメージ的に伝わりやすいと考えて使用したと考えていいようです。
◇だいぶ長くなりましたので、『宇宙消失』のレヴューの(2)をここで終わりにします。
レヴュー(1)と解説がダブルところもあったと思います。その辺りはお許しください。
まだ言い残したことがあるので、レヴュー(3)は後日掲載したいと思います。
*ここまでお読みいただきありがとうございました。
★『量子力学の諸解釈』は、いくつもの解釈について丁寧に解説している優れた本です。量子力学の観測問題に関心がある方にお勧めの一冊です。

