楽しむことを嫌いになった自分 | 麺家すめらぎ、準備中

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ラーメン屋さんではありません。

ワールドカップ。


日本、ドイツに勝ちましたね。



私はTwitterで知りました。


昨日は早くに寝入ってしまったのです。


睡眠リズムを崩さないためというのもありますが、


なんか、もういいやと思ってしまって。


昔はサッカー日本代表戦は欠かさず観ていたのに、


ついには観なくなってしまいました。


ドキドキするのが苦手になってしまったというか。


スポーツバーの事を思い出さないようにするためというか。


興味関心が薄れてしまったというか。


結果は気になってすぐにチェックしたのですが、


試合を観ようという気はなかったです。



iPhoneでテレビが観れなくなってしまったということもあるかもしれません。


部屋に大きいテレビはあるのですが、


つけようという気がありません。



いつの間にか競馬も観なくなってしまいました。


馬券を買うこともなくなりました。


プロレスも観なくなりました。



なんかこう、楽しもうという気が起こらないのですよね。


うきうきとした感覚が嫌いになってしまったようです。



でも、ふわっちは見れています。


なぜ見れるのかはよくわかりませんが、


ドキドキというよりかは癒しを求めているような気がします。



人狼の配信は聴かなくなりました。


聴かなくても眠れるということがわかったからです。



楽しむということはいい薬になるはずなんですが、


楽しもうという気が起こってこないのです。


むしろ、嫌いになってしまったようなのです。


重症ですね。



楽しめそうだからと、


いろいろお買い物をしていますが、


手がつけられずに放置した状態です。



ふわっちのせいで、


寝床に執着してしまったということもあるでしょう。


もともと寝たきりのところに、


ふわっちが輪をかけてしまいました。


それでも、ふわっちから離れることはできません。


今はふわっちが必要なんです。



コロナ禍、


ロシアのウクライナ侵攻。


これらのせいで、


気分は随分と落ち込んでしまったと思います。



浮上のきっかけがみつかりません。


ベッドから離れるということができません。


最近は寒くなって余計にです。



この先、どうなってしまうのでしょうか。