3年前に亡くなった母の納骨式に出席した。
三人兄妹の長兄が「いずれ墓じまいをする」と言っていたので納骨はしないのかと思っていたら、墓じまいするにしても一旦亡き父に墓石の中で会わせてあげたいという長兄の意向から納骨に至った。
納骨自体は業者の都合で前日に終えた。長兄夫婦と牧師さんのみでおこなった。
当日も牧師さんが来てくださり祈禱してくださった。
出席者は、牧師さんと長兄夫婦、次兄、次兄の長男、その娘2人、私、夫、息子の10人。
墓は仏教仕様なんだけど式はキリスト教で執り行われた。
父も母も晩年キリスト教に改宗したからだ。
兄夫婦もキリスト教徒。
聖書を読んでいただいたり、讃美歌を全員で歌ったりして30分ほどで終わった。
その後、近くの料亭のようなところで会食。
会食後は長兄が牧師さんをご自宅にお送りして、あとの全員で長兄宅で歓談した。
小学2年と4歳の子供たちはバイオリンを弾いたり庭のきゅうりを採ったりした。
年寄りグループは病気の話やLINE交換した。
あ、そうだ
兄たちに会ったら聞いてみたいと思ってたことも聞けた。
私が生まれたときの兄たちの様子だ。
いま、エンディングノートを書いてて、「あなたの生まれたときの様子」を書く欄に記入したくて。
兄たちとは8才と6才離れているので絶対に覚えていると思ってたら、全然覚えてなかった。
悲しい。
まあ夜中の11:55なので寝てる時刻だわね。
でも産婆さんが次兄の同級生の母親だということを初めて知った。
私の名前には戦国武将の毛利元就の「就」がついている。
父が三人目が生まれたとき、毛利元就の「三本の矢」から取って「就」を名前に入れたそうだ。
小学4年のときの宿題に、「自分の名前の由来を家族に聞く」っていうのがあって、父に聞いたら「三本の矢のように何かあったら三人で力を合わせて乗り切ってほしい」と言われたのを覚えている。
父の思いの通り、いつか兄弟の役に立つ時がくれば何かしようと思っていたら、65年後それらしきチャンスがやってきた。
次兄の次男が「父がお酒を断ってくれなくて困っている」と電話してきたのだ。
次兄の次男とは24年前に会ったきりで、親戚付き合いを全くしてこなかった。そんな私に頼むくらい逼迫している状況なんだろうと、メールで時々連絡しあった。
よくよく聞くと、次兄は医者に言われて一週間前から断酒しているそうだ。
よかった~
これを機に、次兄に断酒の約束をしてもらった。子供のように”指切りげんまん”した。
母の納骨式のおかげで兄たちと久しぶりに話せて楽しかった。
元気で暮らしていても要介護にはいつかなる。
そのいつかを極力後に回したい。
今日も「元気」に誰かの役に立って過ごそう!
