監督:アイバン・ライトマン

出演:ナタリー・ポートマン、アシュトン・カッチャー

(2011年/アメリカ映画)

英語題: No strings attachied

お勧め度:★★☆☆


カリフォルニアで医者として働くエマ(ナタリー・ポートマン)とハリウッドでティーン向け番組製作の助手として働くアダム(アシュトン・カッチャー)は、ひょんなことから再会を果たす。電話番号を交換した2人だったが、アダムにはヴァネッサという彼女がおり、エマは仕事で忙しくそのままになっていた。そんなある日ヴァネッサと別れたアダムは、彼女がハリウッドで成功を収めている自分の父親(ケビン・クライン)と一緒に暮らしていることを知り、泥酔したアダムは知り合いの女性に片っ端から電話をする。


記憶もないまま、目が覚めたアダムは自分がエマとそのルームメイトたちの部屋にいることを知る。その場のなりゆきからエマとカンケイをもってしまったアダム、困惑する彼にエマはとんでもない提案をしてくる。『私達、なんのしがらみもないセックスフレンドにならない?』と。エマに好意を抱きながらも承諾するアダムだったが・・・。


セックスだけのカンケイは成立するのか?また、男女の友情は成立するのか?といった普遍的なオトナのテーマを、『ゴースト・バスターズ』や『ツインズ』などのSFコメディーの名作を数々生み出したアイバン・ライトマン監督が軽快に描いている。


もはやラブコメ界にはなくてはならない?!存在となったアシュトン・カッチャーはさておき、ナタリー・ポートマンがこういう軽快なラブコメを演じているのを観るのはすごく新鮮でした。


なんでも『ブラック・スワン』で役に入り込みすぎてうつ状態が続いていたという彼女が、『何も考えないで楽しめる映画をやりたい』と次の作品に選んだのが本作ということもあり、彼女自身が楽しんでいるのが良くわかる。まぁ、アシュトン・カッチャーとラブシーンばっかりの映画なんてホント、女の子の夢だよねえ。


それにしてもナタリーちゃん、子役出身女子のイメージを払拭したいのはわかるけど、最近ちょっと脱ぎすぎ?!

この映画は内容が内容だけに8割方がラブシーンだし(苦笑)。


かなりコッテリしたイメージになりかねない内容を爽やかに演出した監督の腕はなかなか。ラッパーのリュダクリスはじめ、演技派のケビン・クラインなど脇を固める役者たちのコメディアンぶりにも注目!!








監督:ギャレス・エドワーズ

出演:スコット・マクナリー、ホイットニー・エイブル

(2010年/イギリス映画) 英語題:The Monsters

お勧め度:★★★☆


僅か 1万5000ドル(約120万円)という低予算映画ながら、クエンティン・タランティーノや、ピーター・ジャクソンといった有名監督からも高い評価を受け、新作『ゴジラ』の監督にも大抜擢されたというギャレス・エドワーズ監督の野心作。


6ヶ月前、サテライトを通じ、巨大地球外生命体が中央アメリカに到達し、人間に危害を加えるようになった。それに伴う、米軍、メキシコ軍の空爆も始まり、街はカオスと化していた。またエイリアンがやってきたエリアには毒ガスが発生し、感染エリアとして足を踏み入れるのが危険になる。


現地にジャーナリストとして訪れていたアンドリュー(スコット・マクナリー)は、社長令嬢のサマンサ(ホイットニー・エイブル)を無事に連れて帰るように命じられる。何とか無事にアメリカへの航路を確保した2人だったが、チケットとパスポートを盗まれてしまい、感染エリアを通って国境越えをしない限りはアメリカへ帰れなくなってしまい・・・。


原題はThe Monsters(モンスターズ)だけだが、邦題の『地球外生命体』は正直蛇足。なぜならこの映画の真のモンスターは地球外生命体ではないからである。


実際、低予算とはいえ、モンスターのデザインは蛸を巨大化しただけのような単純でヒネリのないもの、登場シーンやモンスターによる攻撃のシーンは殆どなく、映画はほぼ主人公2人の会話のシーンが中心となり、むしろ2人のロードムービー的な要素が濃いので、B級パニック映画の楽しみを狙って観るとかなりの肩透かしにあう。


2人に宿を貸してくれたメキシコ人の家族に『なぜここから逃げないのか。』と聞く二人に彼らは『ここが私たちの家、ここに私たちの家族も仕事もすべてある。』と淡々と答える。日本の震災でもアメリカのハリケーンや竜巻でも同じような台詞を何度も耳にした。人はときにありのままを受け入れ、生きていかなければならないのかもしれない。


無数に積み上げられた遺骨の上にかかる『空爆を中止せよ』というサインには実際の死者はモンスターによる攻撃ではなく空爆によることのほうが大きいことを無言で語りかける。


クライマックスで漸く家族に電話を入れる2人、モンスターが愛を交わすシーン、主人公のサマンサが口にする『家に帰りたくない』の台詞、エンドタイトルが出た瞬間、私たちは真のモンスターとは何なのか理解することになる。


これはパニック映画などではなく、楽しいことばかりじゃない人生を生きる全ての人にささげられた人間ドラマなのだ。


この監督なら、原爆の副産物である日本オリジナルのゴジラを上手く表現してくれるかもとかなり期待大。



監督:李相日

出演:妻夫木聡、深津絵里、柄本明、樹木希林、岡田将生

(2010年/日本映画)

音楽:久石譲

お勧め度:★★★☆


朝日新聞に連載された吉田修一の人気小説の映画化。


長崎の漁村で土木作業員をしながら祖父母と共に暮らす祐一(妻夫木聡)は、ケイタイの出会い系サイトで知り合った保険外交員の佳乃(満島ひかる)を思いがけず殺してしまう。その直後に同じサイトで知り合った紳士服の販売員の光代(深津絵里)から連絡があり、同じような孤独感を抱えた彼女と互いに惹かれあうようになる。


自首しようとする彼を引き止める光代、2人の逃避行が始まるが、それは知らず知らずのうちに、被害者の家族や彼らの家族をも巻き込んでいくのだった・・・。


サブ・タイトルの『なぜ、殺したのか。なぜ、愛したのか』が全てを物語る作品だと思う。


田舎で淡々と暮らす祐一に殺意を抱かせたものは何か。まじめ一筋に生きてきた光代が何故殺人者との逃避行を選んだのか。そして本当の悪人、悪とは何か・・・。殺人事件が起きたときに『あのまじめな人が何故?』というようなコメントを聞くことが多々あるが、どんな人間にも心の闇があり、気づくか気づくまいかは別として人を傷つけたりした罪があるはずで、それがひょんなことから殺意やとりかえしのつかない事態に展開してしまうことは誰にでも起こりうるのではないだろうか・・・。そんなことを考えさせられる。


光代との出会いで愛を知ることによって初めて罪の意識を知った祐一、祐一との出会いで初めて人を愛することを知った光代、娘を殺されたことでやはり殺意や憎しみを知ってしまった父親(柄本明)全ての心情が切ない。

なかでも母親代わりに育ててきた孫を殺人者にしてしまった祖母(樹木希林)の物言わぬつらさは観ていて心が痛くなる。演じる樹木希林の存在感は言葉では言い表せないほどの迫力で胸に迫る。


しかしどんなに心が折れそうになっても、やはり愛を知らずに生きた人よりも守るものがあって、愛する人がいるほうが豊かな人生であると思わせる結末。特にクライマックスで殺された佳乃の父が語る言葉には涙がとまらなくなった。


ところでこの作品で日本人女優として初のモントリオール映画祭主演女優賞を受賞した深津絵里だが、『マジカル・アワー』や『スローダンス』で度々競演している妻夫木聡とは本当に愛し合ってるんじゃ?って思わせるぐらい迫真のラブシーンを演じている。こんなに相性ぴったりなんだから本当にカップルになっちゃえばいいのに!って余計なことを思っちゃいましたが、演技でここまで出来るってやっぱり女優魂ってすごいなぁ、と感服でした。