【場内の奥にいる 何人もの人間...】

次の日。桧山さんが、宝くじ売り場を
通りかかると、別の、もっと若い女性が
中に座っていた。
何でも「いつもの中年女性」は、
体調を崩し、しばらく出て来られないのだとか。 ![]()
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(いったい、あの時、彼女は、何を
言おうとしていたんだろう...?)
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桧山さんは、知り切れトンボに終わった
女性とのやりとりが、なんだか気になって
しかたがなかった。
(誰も長続きしないらしい、駐輪場の警備員。
...本当なのだろうか? もしも
それが本当なら、何かあると
言うのだろうか?)
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頭の中に、錯覚だと言わんばかり
思ってきた幻のような人影や、肩を叩かれる感触が
しばしばよみがえるようになってきた。
...気のせいか、駐輪場の利用者は、
しだいに少なくなってきたような。
それに比例して、入り口のボックスの
中で桧山さんは、ぽつんと1人
座っている時間が多くなっていく。
そして、壁をすーっと横切る、
すすけた人影を見る事も...。 ![]()
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しん、とした場内を見回し、
桧山さんは、ときおりカラダを
小刻みに震わせ、あたりを
見回すようになった。

(こいつは、気の迷いや蛍光灯の
光の加減なんかじゃなく、何か別の「もの」
だとしたら?...まさか、いや、しかし、
もしもそうだとしたら?)
もしも、そうだとしたら...
どういうことになるのだろう?

例の中年女性と最後に話をして、10日ほどたった頃。
朝から数えるほどしか利用者の
来ない場内で1人、ボックスにこもっていた
桧山さんは、ハッとして顔をあげた。
勤務中にも関わらず、うたた寝を
していたらしい。 ![]()

(まったくこれじゃあ、老人そのものだ。
プロとして失格だ。管理事務所にでも
知れたら、えらいことだ。 ![]()
...しかし変だな? 今、誰かに耳元で何か言われて、
それで目がさめたようだったけれど?)

そんなことを考えつつ、口の端に
少し着いた寝よだれを、桧山さんは袖口で
拭い取る。そうしてボックスからあたりを見回した。
...何人もの人間が、場内の奥に、いた。

何人も、何人も。
あちら、こちらに、数人ずつ、かたまって。
黙って...。 ![]()
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(め、珍しいな。こんなに一度に
利用者が来ているなんて)
ところが、だ。

人影たちは、いっこうに動こうとは
しなかった。利用者は桧山さんのところに
料金を前払いするために、来なければならない。
それなのに、連中は、黙ってたたずんで
いるだけだ。そもそも、連中のものらしい
自転車も見当たらない...。
桧山さんは、不審に思い始めた。
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(何なんだ! こいつら利用者じゃあ、
ないのか? 利用者でもないのに、あんな
ところで何をしているんだ?)
まさか!? 駐輪場の利用料金目当ての
集団強盗でもないだろう? こんなところの
金額など、一日分あわせても、しょせん
たかが知れている。しかし...。

備考:この内容は、
2009-7-5
発行:KKベストセラーズ
著者:さたな きあ
「とてつも怖い話」
より紹介しました。